読書メモ

・「日本は没落する
(榊原 英資:著、朝日新聞社 \1,300) : 2008.10.12

内容と感想:
 
幼児化する日本社会」で日本社会の屋台骨が崩れている兆候を指摘した著者。 本書も路線は同じで、過激なタイトルにあるような、著者の危機感が現れた本。 このままでは日本は危ないですよ、とその根拠を示し、対処法について考えている。
 新興国の急成長と追い上げ、世界経済の一体化の中で取り残されつつある日本、 政治はポピュリズム(大衆迎合主義)に走り、その場しのぎの政策に終始し、国家戦略を描けない。 政官民それぞれにパブリック(公)の意識が低下し、国家としての求心力を失っている。 失敗したゆとり教育、崩壊した年金制度など様々な問題が噴き出している。
 第四章では著者らが大蔵省在籍時に取り組んだ「金融ビッグバン」について書かれている。 そこでは日本の金融市場の抜本的な改革を推進。大蔵省「自らの権限を手放すことになる規制緩和」を決断。 それは「これをやらなければ日本は危うい」という危機意識から自ら変身していこうと試みたのだという。 これから感じるのは今、我々に必要なのは本気で変わろうとする姿勢だということ。 国民が危機感を共有しないと抜本的な改革はできないだろう。
 様々な問題点を指摘した上で第七章では著者による改革案をいくつも提言している。 いずれも制度改革を伴うもので、民間だけではできず、政治や官僚を動かしていかねばならない。 そのためには特に本書では触れてはいないが、やはり政権交代が必要なのではないだろうか。 いろんな既得権益で癒着し合った政官民、それを一度リセットするには政権交代しかない。 しがらみで自浄能力のない自公政権よりも、民主党中心の政権に変わったほうが、良いことのほうが多いと感じる。
 第一章の終わりに 「国全体としての戦略や教育システム、国民全体の勉強や仕事に向かう姿勢が問われることになる」と書かれているように、 まさに転換期の今、我々一人一人が自分の頭で考え、進むべき方向を判断していくことが求められている。
 著者の描くポスト産業資本主義時代の日本の国家戦略の柱は「技術立国」だ。金融立国などというのは時代遅れだと言っている。 閉鎖的な日本では「アジアの金融センター」にもなれないと。世界から巨大なマネーを引き付けるのは技術力と人材であり、 それが国家を成長させ、世界に貢献する原動力となる。 優秀な技術者、プロフェッショナルの待遇を向上させ、そうした人が認められ尊敬されるような社会をイメージしている。 「楽して儲けよう」とか、拝金主義的なものが広がったため、地に足が着かなくなったのかも知れない。
 何も目新しいことを言っているわけではない。金融に大きく傾斜するのではなく、地に足着いた実体のある事業という原点に戻れと言っているだけだ。 生産現場が海外にシフトしている現在、単なる「ものづくり」回帰ではなく、特許など先端的で差別化できる知的財産を中心に据えた戦略を取るしかない。 そのためにも教育が重要となる。明確な戦略を描いて教育していかないと、ゆとりだけでは世界の変化のスピードについていけなくなる。

○印象的な言葉
・中産階級の崩壊
・一方的かつ受動的な情報の洪水が子供のコミュニケーション能力と考える力を奪っている
・情報通信革命が人間の情報処理能力を弱めている
・官僚化が進む民間企業
・優秀な技術者、プロフェッショナルの待遇の改善を
・マネーは技術と人材に集まる
・ソフトウエア産業と製造業に垣根はない
・一人の天才が10万人を養う。技術者が国家を支える
・日本人の致命的弱点:英語で自己主張できない
・技術立国が国策、全寮制エリート教育で
・国民年金、失業保険、医療保険などの保険料は目的税へ。国税庁が税金と一括徴収、給付は市町村に委託。社会保険庁は不要にできる
・多神教的共存共栄の世界へ
・産業資本主義の時代は「お金(資本)を追いかける」時代。ポスト産業資本主義の時代は「お金が追いかける」時代。 余ったお金が一体化した世界の金融市場を、更なる投資機会を求めて追いかける。
・欧米からアジアへ
・経済の混乱がひどく企業や国家の存続性に疑いがもたれた場合、株も債権も下がってしまう。リスクを分散しても無意味となる
・欧米の投資銀行が収益率に優れていたのは情報収集能力が高かったから
・先端製品の付加価値の多くは研究・開発・設計など知的創造が占める。技術的な差別化とクオリティー
・自由に研究に打ち込める喜び
・中国の産学の結びつき。大学の研究成果の実用化
・技術と品質にプライドを持ち、ブランドイメージを守ることに固執して、新興市場のニーズに応える努力を怠った日本メーカー
・バンガロール:インドのシリコンバレー。標高千メートルの高原。しのぎやすい気候
・2050年頃には人口が中国を追い抜くインド。カースト制では僧侶や教師などのバラモンが支配階級(クシャトリヤ)よりも上の階級。
・1995年以降、シリコンバレーで起業したベンチャーの15%がインド系の創業者
・インドのIT産業はGDPのわずか5%。2006年の日印貿易額は日米や日中間の3%程度。中印間の貿易量は急増中。今後は両国を中心とした巨大なアジア市場が出現。
・ポピュリズムとナショナリズムは相性がいい。両者が一致したときにファシズムが生まれる
・1990年代末の日本の金融システム危機を救ったのは宮沢喜一・蔵相(当時)の公的資金投入の決断。 当時はアジアを震源とした世界的な通貨危機の最中。「日本発の世界恐慌」へ発展する恐れもあった。
・私利私欲でなく「国家のため」というパブリックな意識を持ったグループが専制的に法制や市場を動かしていくほうがより効率的な成長が可能
・優秀な人が官庁からいなくなり、官は能力もやる気も公的な役割を担っているという意識も低い人たちの集団になりかねない
・民間企業が外国で国際入札するとき、政府や政府系金融機関の関与があると競争上有利
・官庁の人手不足で、目前の定型業務をこなすので精一杯。国家の長期戦略や将来のビジョンの策定といった機能が著しく低下
・暗記は教育の基本。赤ん坊はひたすら言葉を暗記している。繰り返しの刺激で脳細胞のネットワークが完成する
・日本の教師は雑用が多く、よりよい教育や指導方法について考える余裕がない
・日本の財政赤字は取るべき税金を取ってこなかっただけ。公的部門の負債が増える代わりに、民間部門の所得が増えた。所得の移転。 個人金融資産のうち50以上を60歳以上が所有、80%を50歳以上が所有。半分が税金として取られるはずだった
・国民年金の未納率は2006年度で33.7%。
・アメリカには雇用における年齢差別禁止法がある

-目次-
序章 ポスト産業資本主義の時代
第1章 ニホン株式会社が没落する日
第2章 激変する世界市場、取り残された日本
第3章 大衆迎合主義がこの国を滅ぼす
第4章 「公」(パブリック)の崩壊
第5章 「教育改革」亡国論
第6章 金融・年金問題の深層
第7章 日本の進むべき道 ―真の抜本改革を!