読書メモ
・「幼児化する日本社会 ―拝金主義と反知性主義」
(榊原 英資:著、東洋経済新報社 \1,600) : 2008.10.04
内容と感想:
「はじめに」には「日本社会の様々な局面で屋台骨が次第に、加速度的に崩れている兆候が見られる」と書かれている。
「失われた10年」の間に日本企業は財務構造を改善し、世界同時好況もあって景気拡大を続けてきた。
しかしそれを「更に加速し維持していくエネルギーと技術や知識の新たな展開能力は次第に低下してきている」、
というようにこのままでは日本社会の崩壊の危機が近いことを著者は訴えている。
その根本原因が日本人の思考の変化にあると著者は考えているようだ。
そうした退行現象が起きている日本をタイトルにあるように「幼児化」と表現している。
対策が手遅れにならないように、と警鐘を鳴らし、本当の意味での大改革に取り組むべき時期に来ていると説いている。
幼児化する日本の現状を示す例が家族の変質や教育の混乱、企業倫理の崩壊、マスメディアの堕落など
各章の見出しに現われている。果たしてそれら全てが幼児化していることを示すのかは分からない。
今の日本では「子供じみたイジメや嫉妬」が蔓延している。
例えばマスコミが官僚や企業など「反論できない人たちを感情論で徹底的に叩く」のもイジメの構造だと指摘している。
大人が子供と同じ事をやっている。これは幼児化している証拠だろう。子供は大人の真似をしているだけなのかも知れない。
マスコミが世論を操作し、政治をも動かす「大衆民主主義社会」になってしまった。
日本人が幼児化すればマスコミに容易に操られるようになる。
本書のキーワードは「二分割思考法」。
物事を白か黒か、良いか悪いかのどちらかで見るような短絡的な考え方で、それを象徴するのが
最近のテレビであり、分かりやすさを重視するあまり、結論を単純化しがちだと分析する。
本来、複眼で見ていろいろな角度からの見方を提供するのがメディアの役割だったはずなのにである。
著者の専門ではないが付章では「深く考えず白か黒かを決めていると思考が停止する、脳の機能も衰えてしまう」と二分割思考法の弊害を
脳科学の面から解説している。世の中はそんな簡単には白黒判断できないんだよ、グレーなことばかりなんだよ、と言っている。
第2章の「国や公共機関、大企業など色々なものに依存する精神構造を持った大人が増えている」という指摘や、
いわゆるモンスター・ペアレントと言われる「勘違いした親」が増えてきたことも日本社会が狂ってきていることを示している。
大改革に取り組むべき時期だというが、国民がそれはお上がやること、といった依存心の強い甘えた考え方をもっていては改革もままならないだろう。
社会を変える前にまず国民一人一人が自分の頭で考え、自分を変えていく必要がありそうだ。
○印象的な言葉
・「失われた10年」は「再設計の10年」
・政府も経営者たちも長期的視野を放棄しつつある
・子供や若者は大人の鏡。子供の世界がおかしいということは大人の世界でも異常事態が起きている
・地味な努力を厭うようになった若者
・視聴率至上主義の情報操作。第四の権力としてのマスメディア。抑制のきかない権力と化している。反権力だったはず
・家庭教育の貧困
・創造力を伸ばしたいなら暗記から。意味がいつか徐々に分かってくる
・自国の歴史を必修に
・株主は一ステークホルダー
・経団連は俗悪番組のスポンサーをやめよ。企業とテレビの癒着関係
・テレビをチェックしたり抑制したりできるカウンターパワーの不在。報道の自由の名の下にチェック・アンド・バランスの体制を作らせないメディア業界。
・能力を評価する社会は流動性が高い
・知識が価値を生む。ポスト産業資本主義の時代への移行期
・マスメディアの報道に主観的意見が混じり、感情に訴え、一方的に悪人を作り出すようになった。
部外者が不幸な事件をネタに視聴率を上げている
・多民族国家の人々では日々、異質なものとの摩擦に耐えているから、タフでバイタリティーがある
・異質な人間を排除しない。どこかで変なヤツも役に立つ。懐の深さ、余裕、遊びがある
・言葉を学ぶことは、その国の文化を学ぶこと
・日本ほど外国の本の翻訳が多い国はない
・一流の人の話を聞き、討論する
・コミュニケーション能力を高めるはずの情報産業の発達が、かえってそれを低くしている。IT企業が知的レベルを低くする片棒を担いでいる
・最近の若者:ちょっとしたことで傷つく、優秀なわりに自信がない、批判されることを怖がる、よく見られよう・うまくやろうという意識が強い
・極端に対立を排除しようとする、論争を避ける傾向
・核家族が更に分裂して、個人単位にまでバラバラにほどけている。親が子供とコミュニケートすることに自信を失っている
・自分の面倒は自分でみるのが基本
・ある程度の年齢になったら子供を親から引き離す。孤独を教える
・ゆとり教育の悪平等が日本の子供の学力レベルを引き下げた
・思いつきと創造力は違う
・教育の多様性、学校間の競争
・俗世間から離れて知的なものの中に浸りきることの価値
・歴史を日本史、東洋史、西洋史などと縦割りにせず、横断的に教えるべき。縦軸で歴史を見て、横軸で世界を見る
・日本企業は伝統的に各方面のステークホルダーを大切にしてきた。全体の利益を考え、長く付き合っていくのが日本型資本主義
・目先の利益より長期的に売れるベースになる技術をどう維持し、育てていくかを真剣に考えたほうが、長い目で見れば効率的
・浮利を追わず、確実を旨とし、信用を重んじる(住友家訓)
・マネージャ、管理職:職人をうまく使える職人
・事前規制より事後規制(チェック)のほうが手間やコストがかかる。一罰百戒型にならざるを得ない
・自治体の問題について住民が責任を取るという意識
・官が古い体質のまま弱体化。調整能力の低下。時代に合った役割を果たしていない
・地域コミュニティーを学校を中心として形成していく
・物事を総合的に判断する能力は年を取った人のほうが優れる。経験。バランス感覚、統合能力
・クリティカル・ピリオド:2歳から7、8歳までの期間に前頭葉のおおかたが決まる
・科学的真理と言われるものも真理ではなく仮説。今のところ観測されたことと反しない仮説。「とりあえず」の結論
・世の中はすべて確率論。そのときのベストの結論。決断する場合も常に暫定的な結論であることを自覚。常に自分の意見を変える用意
・考えることは面白い、と感じることが知的だ。自分で判断できることは楽しい
-目次-
第1章 子どもの世界は大人の鏡
第2章 家族の変質
第3章 教育の混乱
第4章 企業倫理の崩壊
第5章 マスメディアの堕落
第6章 規制緩和と地方分権の落とし穴
第7章 地方の瓦解
第8章 ポスト産業資本主義と新しいコミュニティー
付章 二分割思考は知的退行
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