読書メモ

・「勝っても負けても 〜41歳からの哲学
(池田 晶子:著、新潮社 \1,200) : 2007.03.26

内容と感想:
 
先日、まだ40代という若さでこの世を去った池田氏。彼女の著書はベストセラー「14歳からの哲学」が 最初であった。本書は「週刊新潮」に連載されたエッセイを集めたもの。その連載は死の直前まで続いていたそうだ。 第一章のあるページでは「生に対する執着が、もともと私は強くない」「このままスウッと立ち枯れてゆきたいな」「執着がない」なんてことを 書いている。まさに悟りの境地である。死因は癌とのことだが彼女はいったい自分の死とどのように向かい合ったのだろうか?
 たまたま著者の死を知ってしまったから触れずにおけないのだが、本書の中には哲学者らしく生と死についた記述も多い。 巻頭からして「人間というものほど、死に方の下手な動物はいない」と書いている。死に怯え、嘆き、苦しむ姿が醜いと言いたいのであろう。 また別の項では多くの人が抱いている「自分が明日死ぬということはない」という想定は全く根拠なき信頼、それを我々は「日常」と呼んでいる。 しかしその「日常」の根拠のなさは非情にも暴かれる。つい先日の能登沖地震でも改めて目を覚まさせられる。実は「日常」は綱渡りであったのだ。
 この類いの”目から鱗”的な話は数多く、著者の考え方の柔軟さ、視点の違い、が私のような凡人には実に新鮮である。 如何に自分が日常、何も考えていないことを思い知らされる。 常識、固定観念で縛られた自分の頭が揉み解された気分になる。 これに近いことを別のある項で自分の著書に対する書評を引用して次のように書いている。 「虚心に耳を傾ければ、”心の風通し”が良くなること請け合いである」と。私もこの本を読んで、 それに似た感覚を味わった一人である。
 また別の項では日本人の無宗教、宗教に対する無節操ぶりを書いている。宗教とはよくできたウソ、だと言う。 実は日本人は宗教の嘘臭さを知っていて、そんなものにこだわらない、そんなものに救いを求めていない、のではないのかと私は考えた。 我々は既に救われているのだと。しかし私を含め迷いのない、悟った人ばかりの国ではなさそうだ。

○印象的な言葉
・すべての人間に平等に与えられている死
・進歩したのは技術であって、間違っても人間の側ではない
・哲学とは日常に風穴を開ける唐突な思考のこと。どこの誰にも納得できるはずのことを考えること。普遍を目指す思考
・自分がそうだと思い込んでいることを疑う
・全世界を得ようとも、己の魂を失うならば、人は何を得たことになるのか(イエス・キリスト)
・幸福になるということは、困難な美しい仕事である(アラン)
・少子化問題。誰が国の人口を増やすために生まれてきたか!?子供を産むというのは全く個人的な問題である
・自然と共に生き、人生とは自然のことだと昔の人は知っていた
・オリンピックは代理戦争である。世界平和が理念であれば国籍は無視すべき。国旗も国歌も応援団もユニフォームも無しにすべき
・無私であるからこそ政治家としてのその人は存在する。政治的信念や歴史観の前に、私的な判断や思惑などどうでもよい。
・我々は言葉を操る人間として、実は言葉に操られている
・言葉は「象徴」。その背後に深い思想性、高度の抽象性を指示するもの
・老賢者:人間の精神、その英知がそこに結晶し、深部から輝きを発している、そんな美しさで年を取った人。気品と一種の凄み。人類の宝、極上の人類
・与えられた仕事をこなし、周囲と相和し、淡々と平穏に生きていく人生。誰にでもできることではない
・日本人の宗教意識の無節操。無節操も実はひとつの節操ではないか。
・善悪の観念を持たない。善悪の観念に捉われない。自在ということ。
・宗教とは実によくできたウソ。ウソがウソなりに通用するのは、ウソに騙されたがっている人がいるから
・イチローには天才の匂いがする。たたずまい、気配で分かる。受け答え、言葉の選び方、間合い。精神の人。
・天才は才能によって天と直結している。己を超えた或る存在が天。それを自覚する。己を信じることが天を信じること。
・真実は目に見える映像によっては得られない。真実は常に目に見えないもの
・テレビなどメディアの存在は人間の品性を卑しくする。野次馬の親分。他人の不幸を酒肴にする。覗き見、悪趣味である
・人が自ら気付かず犯しているある種の論理的矛盾、これがたまらなく可笑しい
・頭がいい、デキるとは、どんな状況どんな時でも、自分の判断で、自分の中心から行為できることを言う
・他人に合わせて、自分を忘れた、自分を忘却した人生とは、いったい誰の人生なのだろうか。そんな人生を生きてもしようがない。

-目次-
第1章 哲学にも用はある
第2章 政治に何を求めているの
第3章 老賢者になりたい
第4章 宗教はウソなのかしら
第5章 日々のことを考える