読書メモ
・「法隆寺の智慧 永平寺の心」
(立松和平:著、新潮新書 \680) : 2004.08.22
内容と感想:
著者が法隆寺、永平寺の二つのお寺での修行体験を綴ったもの。修行といっても何年も山に籠ったというものではなく、ごく短期間のものだが、雰囲気を味わうことができる。
立松氏は「まえがき」でこう書いている。「いくら学んでも果てない世界と出会うのは幸せである」と。氏はそんな思いで、今、仏教と向かい合っているようである。奈良仏教を学ぼうと、毎年正月には一週間、法隆寺にお籠りするそうだ。永平寺には道元の小説や歌舞伎台本を書くために参籠するようになったそうである。
奈良・斑鳩の法隆寺といえば聖徳太子が起こした寺。太子は仏教を積極的に取り入れ、日本に仏教を広めた。死後、太子信仰が起き、彼自身が法隆寺に祀られるようになった。彼が観世音菩薩の化身とされている。
越前・永平寺は道元が開いた寺。曹洞宗。修行が厳しいと言われる。禅の修行僧を雲水という。
-目次-
第一部 法隆寺の智慧
第一章 斑鳩でのわが修行
第二章 ただひたすらに祈る
第三章 伽藍を読み解く
第四章 菩薩行のすすめ
第五章 聖徳太子の願い
第二部 永平寺の心
第一章 門前にて
第二章 越前でのわが参禅
第三章 伽藍を読み解く
第四章 修行のすすめ
第五章 わが心の道元
<ポイント>
・仏教は性善説である。根底のところで人間への信頼がある。懺悔して心を変えれば、人は変われる。柔軟である。おおらかである。
・大乗仏教は宗教改革。釈迦の教えの大胆な読み換え。現実肯定的な底抜けに明るい世界観
・汚れた苦しい世の中でも、世間には数多くの菩薩が地中など見えないところに潜んでいる
・聖徳太子はこの世に菩薩の国を実現しようとした。一人一人が自分の心を治め浄めると、この国に暮らす人々は菩薩ばかりになる
・仏教は仏の教えであると同時に仏になるための教え。禅は釈迦の修業を追体験することで、悟りを体験可能目標とする。
・仏法(真理)は隠されていない。目の前にあるにもかかわらず見ることが出来ない私たちは哀れむべき存在である。
・日常生活のすべてが仏道修行である。森羅万象から、生活から、すべて禅でないものはない
・この瞬間に悟ったのだと自覚するような悟りは、悟りではない。修行するうちにいつか悟っていたのだ。
更新日: 04/08/22
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