読書メモ

・「本能寺(上・下)
(池宮彰一郎:著、角川文庫 各\629) : 2004.12.04

内容と感想:
 
日本史上で最も衝撃的な事件の一つ、「本能寺の変」を題材にした歴史小説。
 物語は信長が美濃・斎藤氏を攻略し、本城を岐阜城に移した頃から始まる(1568年頃)。桶狭間合戦から8年が過ぎ、年齢は35。この後、足利義昭を奉じて上洛を果たし、明智光秀や細川藤孝を家臣に加える。しかし次第に、義昭と対立、袂を分かつことになる。日本に新しい秩序をもたらす、という理想を掲げ、各地で天下統一の戦いを進めるが、信長包囲網が信長の野望を阻もうとする。本願寺に朝倉・浅井氏、上杉・武田氏、毛利氏など敵は多い。しかし、戦争の専門集団の機動性を駆使し、各地へ転戦し各個撃破。着実に領国を拡大していく。光秀や秀吉といった優秀な部下の活躍や、同盟者・家康の協力もあった。しかし、信玄亡き後の武田氏を攻め、これを滅ぼすと、強敵は西の毛利・島津氏くらいとなり、天下統一も目前となった1582年、事件は起こった。
 本作では著者の独自の解釈で本能寺の変を描いていて興味深い。特に信長が自分の後継者を光秀と明確に決めていた、というもの。しかも、信長による虐めが原因で謀反を起こしたなどという、これまでの俗説をきっぱり否定している。謀反の理由として既得権の喪失を恐れたことを挙げている。信長はキリスト教の伝道師から古代ローマ史を熱心に学び、統一後の日本の体制をローマの共和制にしたいと考えていた。この構想を酔った勢いで近衛前久らの前で話すと、その話は光秀らの耳にも届けられる。天下統一の暁には戦国大名は不要になり、選ばれた国民の代表者が日本を支配することになる。朝廷や戦国武将など既得権益をもつ者らの反発は必至である。光秀も将来は安泰ではない。藤孝は彼の最大のライバルである秀吉の耳にも主人の構想を届ける。さんざんにこき使われて、統一成ったら捨てられる。毛利氏と睨み合っていた秀吉は信長の出陣を促していたが、彼が出張ってきたら拉致し、隠居させ、後継者を秀吉にするよう迫るつもりであった。しかも俗に中国大返しと言われる大移動も、謀反した光秀を討つためのものではなく、元々は信長に替わり天下に号令するために準備されたものだった。光秀は秀吉に先を越されては困る。彼の風下に立つくらいならと謀反を決める。
 物語は光秀が山崎の戦いで秀吉によって討たれるあたりで終わる。
 本作は本能寺の変がテーマであるから、信長と光秀が物語で中心的な位置を占める。秀吉や義昭も存在感はあるが、ここでは脇役に過ぎない。意外なところに彼らよりも重要な人物がいる。それは義昭を信長に引き合わせた人・藤孝。彼は義昭とは腹違いの兄弟であったという。結果的に藤孝が光秀に謀反をそそのかしたことになっている。しかし、光秀の行動は全く計画性のない、衝動的なものであったから、藤孝は光秀を支援することはなかった。藤孝が信長を廃した後を、どうしようとしていたかは謎である。
 本能寺の変の真の首謀者は誰か?といった謎解きが昔から語られ、様々な説が説かれているが、本書は結果が藤孝の思い通りになったかどうかは不明だが、藤孝黒幕説とも言える内容で面白かった。

更新日: 04/12/04