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ついていない。まったくついていない。
新婚旅行から帰ってきたと思ったら、早速の様に一週間の出張を命じられてしまった。
仕事が忙しいのはいい事だ。しかし、二泊三日の熱海温泉への新婚旅行用の休みをもぎ取るのに、一週間も会社に泊まりこんで仕事をした、あの苦労は何だったのだろう。しかも、式の翌日から!である。
幸い、乱太郎は怒りもせず、新婚旅行の間、始終機嫌よくしていてくれた。だが、明日からまた、一週間の出張だと言ったら、なんと言うだろうか。いや、乱太郎の事だから何も言わないに違いない。ただ、あの大きな目に涙を一杯浮かべさせてしまうかと思うと、遣り切れない。
大体、早すぎると大反対しまくる周りを押し切って結婚したのだって、乱太郎を泣かせない為だった。仕事に忙殺されて、幾度となくデートの約束を反故にせざるを得ず、その度に、ちょっと寂しそうにしてから、乱太郎はにっこり笑って『お仕事じゃ、仕方がないですよ』と言ってくれるのだ。二度とそんな顔をさせたくないと思っても、やっぱり仕事が忙しくて。禿げるかと思ったくらいに悩んだ挙句、辿りついた結論が、『結婚』だったのだ。
結婚したから大丈夫、と思った途端、これである。もっとも、専務の嫌がらせだと言う事は分かっている。専務のお嬢さんとのお見合いをすっぽかしたあの日(何しろ日曜日だったのだ)。利吉は乱太郎と遊園地で遊び倒し、その後は一流ホテルのレストランで食事をして、スカイラウンジでちょっぴり大人の時間を過ごしたのだ。其処を、お見合いをすっぽかされたお嬢さん本人に見つかってしまったのは、嬉しい誤算だった。何故なら、彼女は派手な格好をして、ホストまがいのお取り巻きをぞろぞろ連れていたのだ。二人は暗黙の了解として、お互いの連れの事は不問にせざるを得なかったのだ。あげく、その一月後に、利吉は結婚、入籍をしてしまった。何も知らない専務だけが、利吉を逆恨みしている状態が続いている。
駅から徒歩七分のマンションに帰りつく迄に回想を終え、利吉は、出張のことを何と言おうかと思いながら玄関のチャイムを鳴らした。それから鍵を開けて中に入る。
「ただいま」
そう言って玄関に鍵を掛け、チェーンも掛けていると、奥から小さな足音とともに乱太郎の声が聞こえた。
「お帰りなさーいvv」
「ああ、今・・」
帰ったよ、と言う言葉は、利吉の口から出る事は無かった。何と言って良いのか分からず、呆然と乱太郎を見る。乱太郎は、フリルのついたエプロン一枚にくまさんスリッパを引っ掛けただけ、という格好だったのだ。
乱太郎は、そんな利吉には構わず、おたまを持ったまましがみついて甘えた。
「今日は早かったんですねぇ。嬉しいです。あのね、今日はね、お刺身なんですよ。利吉さん、白身が好きだったでしょ?鯛と平目が有ったから、鯛のほうは昆布じめにしてみたんです。あと、甘海老と烏賊と帆立。それから、独活と油揚げの煮びたしと、菜花とささみのお浸しも。御汁は赤出汁のなめこと三つ葉で・・」
大きな鳶色の睛をきらきらさせて自分を見上げる乱太郎はとても可愛らしい。その上、見下ろしていると、薄い生地のエプロンの隙間から、ちらちらと裸の胸や、もっと下の方までが見えてしまうのだ。利吉は、欲情のあまりに眩暈がしそうなのを押さえて、静かに聞いた。
「乱太郎、ガスの火は止まってるのかい?」
「あっ、お湯沸かしてたんだ〜」
利吉の言葉に、乱太郎は慌ててパタパタとキッチンに戻っていく。滑らかな背中と小さなおしりが丸見えで、利吉は腰の辺りが落ち着かなくなるのを感じた。腰で結ばれたエプロンのリボンが、そのまま、乱太郎に結ばれているような気がしたのだ。急いで靴を脱ぎ、キッチンへと向かう。
もう、出張の事は、頭の中から忘れ去られていた。
「ああ、良かった。まだ沸いてないや」
乱太郎が小さな踏み台に乗って、鍋を覗いている。
「あ、お茶飲みますか?それともお風呂にします?」
「乱太郎がいい」
小さな体を後ろから抱きしめ、振り向いた所を口付けで塞ぐ。乱太郎の小さな手が利吉の腕に触れ、そっと掴む。柔らかな唇を吸い、舌で口唇を開かせる。促されるままに乱太郎は少し口をあけ、利吉の舌を受け入れた。濡れた音を立てて舌が絡められ、吸われる。甘く痺れて行く思考で、乱太郎は溢れそうになる唾液を夢中で飲み込んだ。きつく口付けられながら、利吉の愛情を確かめている感じが好きなのだ。やがて口唇が離れ、乱太郎はやっと息を吐いた。
「はっ…あ…」
けれど、息が整わない内に、再び口付けられる。今度は、ゆっくりと楽しむような口付け。利吉の舌が、口腔内を隈なく辿っていく。乱太郎はおずおずと自分の舌で利吉のそれを確かめた。すぐに舌先をつついて、利吉が応えてくる。
びくり、と乱太郎の体が跳ねた。利吉の手がエプロンの下に入り込んできたのだ。
「あっ、いや・・」
「嫌ならどうしてこんな格好をしていたんだい?」
エプロンの下の薄い胸をそっと撫でる。その手に、僅かに固い感触があり、利吉は指の腹でそれに触れた。キスだけで感じてしまったらしい。その感度の良さが嬉しくて、思わず表情が弛んでしまう。そのまま、円を描くように転がすと、びくんと乱太郎の体が跳ねる。
「だって…」
触れられて生まれる感覚に、もじもじと体を捩る。乱太郎は許しを求めるように利吉を見上げたが、愛撫の手は止まらない。キッチンは明るく、リビングからはTVの音が聞こえてくる。寝室以外の場所でこんなことをするのが、恥ずかしくて堪らないのだ。
利吉は更に聞いた。
「だって、何?」
「新婚さんはこういう格好を…あんっ、するんだって…」
「誰かに言われたのかい?」
「ユキちゃんが…、旦那様が喜ぶからって…」
乱太郎は小さく答える。
「それで着たんだね?」
今度は微かに頷いた。
「だったら、ダメだよ。こんな格好してたら、そんな気はありません、なんて言えないな。可愛いおしりは見えてるし、此処だって透けて見えるんだよ」
そう言って片手を下に滑らせる。乱太郎の幼いものはすでに昂ぶり、蜜をこぼしていた。それを優しく握りこむ。小さな、硬い感触が利吉を歓ばせる。
「もう、こんなにして。やっぱりこういう事して欲しかったんだね」
握る力に強弱をつけると、乱太郎が腰を押し付けて来る。
「やっ…それは利吉さんが…」
「私が、何?」
触るから、という言葉を飲み込んで。
「乱太郎がそんなに嫌なら止めよう」
そう言って、あっさりと利吉が手を離す。本当に止める積もりなんて無かったけれど、無理強いするのも詰まらない。
「あっ…」
快楽を取り上げられて、狼狽えた声が上がる。体を離した利吉に、乱太郎はしがみ付いた。黒に近い濃灰色のスーツは少し固く、外の匂いがする。利吉の声は不機嫌ではなかったけれど、せっかく早く帰って来てくれたのに気不味い雰囲気になってしまうのは嫌だった。それに、中途半端で放り出された体は、利吉を欲しがっているのだ。
「利吉さんっ」
「うん?嫌なんじゃなかったのかい?」
押し付けられる小さな体を抱きとめながら囁くと、乱太郎はいやいやをして言った。
「びっくりしただけだから、止めないで…」
「本当に?」
「うん…」
「じゃあ、いい子にするんだね」
確かめるような利吉の言葉に、乱太郎はこっくりと頷いた。
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