読書メモ

・「梅雨将軍信長
(新田次郎:著、 \400、新潮文庫) : 2003.05.31

内容と感想:
 
季節外れの台風が来ていて、外は雨。梅雨の季節も近づいてきた。
 新田次郎の山岳小説家の面しか知らない私が初めて知る、時代小説家の側面。ただ普通の時代物と違うのは、その作品に著者の科学的な視点から見た歴史が描かれていることである。著者はそういった自分の著作を「時代科学小説」と呼んだらしい。そういう分野があったとは知らなかった。SF(Sience Fiction)が空想科学小説ならよく聞くが・・。科学的な視点、という意味では共通であり、科学に興味あるものなら多分、時代科学小説も面白く読めるだろう。その時代科学小説9編を収めた短編集である。

・梅雨将軍信長:
 桶狭間合戦、長篠合戦、本能寺の変には梅雨という季節が関係していた!冬将軍という言葉はあるが、梅雨将軍とは?しかも信長は将軍にはなっていない。まあ、それは置いといて・・・

・鳥人伝:
 江戸時代、文化2年(西暦1805年)に世界の誰よりも最初に空を飛んだ男がいた。備考斎幸吉。飛行機というよりはグライダーに近いものであったようだ。わけあって好きな女性と別れなければならなかった幸吉は、彼女に空を飛ぶ姿を見せることだけに執念を燃やし続ける。

・算士秘伝:
 江戸時代に花開いた日本の数学(和算術)ではあったが、広く公開されたものではなかった。その江戸で珠算を教える乾坤堂へ一人の浪人・久留島義政がふらっと現れた。彼はそれまでの日本になかった新しい数理の道を切り開いていく。そこに立ちはだかる関流一門。

・灯明堂物語:
 幕末の御前崎。幕府と薩長が軍事衝突するのでは?というご時世。岬には現在の灯台の役目をする灯明堂があった(文字通り、火を灯していた)。その灯明堂守役は村の仕事であった。その灯明堂を別の場所へ移せと幕府方の命令がある・・・

・時の日:
 大化の改新の前後の頃の時計のお話。もちろんその頃、日本に現在のような機械式の時計はなかった。中臣鎌子(藤原鎌足)と中大兄皇子(天智天皇)に滅ぼされる蘇我氏。その蘇我蝦夷は”時”を支配することで権力を高めたいと欲し、時計を作らせようとした。その頃の中国・唐には、漏刻(ときのきざみ)というものがあったが、機構は誰も知らなかった。それを日本で独自に開発した兄弟がいた・・・

・二十一万石の数学者:
 八代将軍・吉宗の頃、久留米二十一万石の藩主・有馬頼ユキ(行人偏に童)が若干16歳で将軍と謁見。数学に興味をもつこの若い藩主は吉宗の目にとまる。有馬はその頭脳を藩政改革にも発揮した。その実績もあって吉宗は有馬を譜代大名ながら老中職に抜擢したいと考えていた。しかし老中たちの反対運動で・・

・女人禁制:
 六代将軍・家宣(いえのぶ)の正室・一位と側室・左京の局との大奥での女同士のちょっとした対抗心から、当時女人禁制だった富士山登頂を賭けて、男装して登山する羽目になった女中お加根。女性ということを隠して見事登頂したお加根だったが・・。唯一の山岳小説。

・赤毛の司天台:
 江戸幕府直轄の司天台(今の天文台)という機関があった。それが明和2年(1765年)に江戸・牛込、藁店(わらだな)に引っ越した。もともと司天台は天文観測をする場所で気象を観るところではなかったが、近所の長屋に住む浪人・安間清重が雲気(天気)を観る(予想する)ことに優れていると評判だったことから対抗心を燃やす。なんと自分の褌(ふんどし)の湿り具合で翌日の天気を知るらしい!(著者は気象庁の役人だった)

・隠密海を渡る:
 唯一、100頁を越える長編。他の時代科学小説とも異なる異色の時代物。
 徒(かち)目付・近藤主馬之助は隠密(武士ではあるが、身分は低い。忍者とも違う)。大奥の風紀の乱れを正し、その勢力排除のために、謀略が仕組まれた。その仕組まれた事件の仕掛け人の手先として主馬之助も動いていた。その事件に絡んで、伊豆七島代官の不正蓄財の疑惑が持ち上がる。不正を暴くため主馬之助は流人に化けて、七島の一つ、御蔵島に潜入する。島の特産、黄楊(つげ)の木材が不正の種であった。島で身元引請人の家の娘つると出会う・・。

更新日: 03/06/02