読書メモ

・「二人の天魔王 ―「信長」の真実
(明石 散人:著、講談社文庫 \590) : 2008.07.26

内容と感想:
 
かつて天魔王と呼ばれた人物が二人いた。それがタイトルになっている。 その内の一人はご存知、信長だが、彼の登場する以前にもう一人いた。 足利第6代将軍・義教である。 あとがきに書かれているように、著者が歴史上好きな人物がその義教だという。 彼こそは「武家史上、未曾有の天才武将」、「無類の上」とも絶賛している。 本書は信長がテーマであり、義教がテーマでもある。
 内容は「小松さん」と呼ばれる人と著者との対談形式で進んでいくが、著者の信長批評は厳しい。 これまで読んだどんな本よりも厳しい目で見ている。つまり今日の信長論が「あまりに大きく論じすぎている」と考えているようだ。 初めはトンデモ本の一種かとも思い、眉に唾しながら読んでいた。 話し相手の小松氏も「明石さんは全く信長を評価しないんですね」と、 私が思ったことを代弁しているが、著者は「信長の実像を語りたいだけ」(第三章)と言っている。 「秀吉のころまでは信長は義教の小型コピーだと思われていた」らしく、「恐怖政治、軍政、全て義教の模倣」だと。 私も義教のことは「くじ引き将軍」というくらいのイメージしかなかったから、この見方は実に意外で目から鱗であった。
 あとがきでは、なぜひとは「信長を英雄視するのだろう」と言っている。 信長は誰からも愛されず、誰も彼を信じないし、必要ともしない。彼は利用されて死んだとも言っている。 言っていることと矛盾するようだが、それでも「誰よりも愛する武将は信長である」とも書いている。 著者は最後に信長が「美しく哀しい武将」と言っているから、嫌いではなさそうだ。
 それだけに違った視点で信長を見ているのが非常に新鮮に感じられた。例えば、その信長評は、
・戦術に優れているばかりで戦略に疎い
・情報選択の誤り、優柔不断で美濃・斎藤家を滅亡させるのに16年かかった
・宗教界に対しての戦術が下手、無策で一生涯、一向一揆に悩まされた
・妹を嫁がせたくらいで浅野長政を信じてしまった
・戦国一のケチ、人に気前良く何かをやったことがない

 第九章では姉川合戦、長篠合戦ともに徳川家康が主戦という見方をしている。長篠は徳川領だからよしとしても、 姉川は近江だしこれを徳川が加勢でなく主戦と言ってしまうのは無理がある。多少、筆が滑っていると感じられるところもあった。
 本書は信長を英雄視しすぎていた自分の目を見開かせてくれた点で評価したい。

○印象的な言葉
・終戦直後はGHQによって時代劇さえ禁止されていた
・信長ブームのスタートは戦後、GHQの締め付けがなくなり中村(萬屋)錦之助の演じた信長だった
・江戸の著名な文化人・大田蜀山人は光秀の天下取りのタイミングを絶賛。下の者を侮り、あまりに思いあがっていると不覚をとる
・フロイスの「日本史」の根底に流れているものは日本を博物学的にみる人種差別が基盤になっている
・戦国当時の武家の名門は全て源氏。源氏を名乗るには足利家と明確に血のつながりを証明する必要があった。詐称することは難しかった
・義教は13年間で天下統一を果たした(本当?)。南朝を滅亡させ足利将軍の磐石の基盤を構築した。将軍就任前は僧侶(義持の弟)で天台座主だった。 くじ引きといっても彼を差し置いて嫡統になれる弟は一人もいなかった。くじ引きは源氏の氏神・石清水八幡宮の神慮だとセレモニーしたかっただけ。
・義教は全てに手順を踏まなかった。他人から見れば彼の所業は意味不明で理解できず、「天魔の所業」と言われた
・「信長公記」の永禄十年(1567年)までのエピソードは全て創作ではないか?首巻は15巻完成後に付け加えられた?
・信長と信行は異母兄弟ではないか?本来の嫡統は信行で、だからこそ父・信秀の正室は信行と一緒にいた。 信長は庶子であるにもかかわらず嫡子を主張していた?信秀の葬儀にはもともと信長は呼ばれておらず、勝手に乗り込んできた?
・信長が信行を殺したのは嫡子・信忠が生まれたから、将来の害になる人物の筆頭として信行を意識した
・信長は一人っ子だった?孤独で、誰からも愛されなかった。それを基盤にして見れば奇怪な彼の一生を理解できる。お市だけが同腹の妹だった
・桶狭間合戦は奇襲でも何でもなく今川義元に対する騙まし討ち、裏切りによる勝利。降伏文書を義元に届けたのでは?
・義昭は信長を御人好しの田舎大名としか見ていない。義昭に宛てた「十七ヶ条異見状」のチマチマした内容
・秀吉、家康は信長の力量を読みきっていたが彼を裏切らなかった。それを承知で育てていた
・光秀が信長を選んだ最大の理由は信長が天下人への戦略を全く持っていなかったから。戦術として使うには格好の人物が信長だった
・天下布武:信長にとっては今川、斎藤を敗ったことだけでも充分に天下といえるものだった
・当時の人は明智の行動は起こるべくして起こった出来事とみていたかも知れない

-目次-
1章 敗戦の遺産、「信長」
2章 信長の系譜に隠されたもの
3章 「無類の上」
4章 悲劇の「嫡統」、信行
5章 使い分けられた“たわけ”と“うつけ”
6章 必勝の戦、桶狭間
7章 将軍、義昭という男
8章 真実の天魔王
9章 「姉川」「長篠」は織田の戦にあらず
10章 「蘭奢待」切取り
11章 「合戦」本能寺
12章 信長、帝位簒奪の野望