読書メモ
・「ネットvs.リアルの衝突 ―誰がウェブ2.0を制するか」
(佐々木 俊尚:著、文春新書 \800) : 2008.03.15
内容と感想:
あとがきによれば本書は、まだ記憶に新しい「Winny事件」をきっかけに書かれたという。
著作権法違反の幇助容疑で逮捕された金子氏はWinnyの開発者である。
ピュアP2Pという技術を応用したそのファイル交換ソフトは多くの利用者に広がった。
それが著作権侵害となる音楽や動画などの電子ファイル交換に悪用されたため、金子氏は訴えられたのだ。
それ以外にも個人情報をばらまくウィルスを蔓延させたことも印象を悪くした。
本書では第六章までで事件と結審するまでの経緯を追っている。
アメリカやその他の諸国では、ソフトウエア開発者自身が逮捕され有罪と確定したケースはない、という。
それだけに日本におけるこの逮捕は衝撃的であった。
金子氏を擁護する声も多かった。
彼の逮捕が、技術者や(それを使用する)一般の人々に大きな不安と恐怖を与えたこと、
ソフトウエア開発を著しく萎縮させること、技術者の間に危機感も広がった。
Winnyは使い方によってはたいへん重要な日本のIT基盤にもなった、という人もおり、
この事件を警察権力の不当行使とする声もある。
警察側は著作権法違反の幇助容疑よりも次第に金子氏の2ちゃんねるでの発言を重視するようになったようだ。
現在の著作権法への挑戦的な書き込みが思想犯と認識されたらしい。掲示板での書き込みをきっかけにエスカレートした面もあったと想像する。
その変革思想的な物言いが国家権力を刺激した。単なる著作権問題でなくなってきたことを怖れてか、
裁判では2ちゃんねるでの発言のような勇ましさを表に出すことはなく、ひたすら単なる開発者としての立場を訴えた。
著者は彼を「60年代アメリカ西海岸で生まれた自由思想の正当な後継者の一人」と表現しているが、
本人はそう認識しているのだろうか?著者はこの事件で金子氏に既存の社会システムへの挑戦するヒーローの姿を期待して見ていたようだ。
それは自分勝手なことだとも言っている。
結局、金子氏は罰金の有罪判決。判決はWinnyの技術的な意義は認めながらも有罪となったことの意味は大きい。
判決も金子氏の態度も納得の出来る態度を示していない。本書からはそのもどかしさのようなものも感じられる。読んだ私もすっきりしない。
なお本書の後半はこれまで読んできた著者の本の内容とは特に目新しいことはないので、ここでは取り上げない。
○印象的な言葉
・時代を動かす核となるソフトウエアの創造
・プログラミングは自己表現と社会貢献
・新技術を迅速に採用し、新しいアイデアを実行に移す機動性をもった新興の小規模な組織や個人が先行者の利益を享受
・国家権力のテクノロジの排除と囲い込み
・クリエイターたちに何の還元もされないP2Pファイル交換システム
・SONYベータマックス裁判:ビデオデッキは(著作権侵害の)違法行為のためだけに提供されているわけではなく、合法的な使用もできる
・P2Pファイル交換ソフト「モーフィアス」、「グロックスター」の著作権裁判:開発元はソフトを入手した人がそれをどのように使うかまでは関与していない。
一旦、動き出したシステムを停止することさえできず、ファイル交換を運営管理しているとは言いがたい。
・一つの分野、既存の枠組みにとらわれない発想と能力
・技術者としての果てしない技術への関心
・P2P:エンド・ツー・エンドの理想をもっとも良く体現した技術。自律分散協調。グループウエア、コンテンツ配信、検索、などへの応用
・J-MUSE:日本のJASRACが構築した著作権侵害行為の監視システム
・Freenet:PureP2Pを構築できるソフト。政府に監視されない新たなネットワークを考えて開発。情報発信者の匿名性を確保し、自由な言論活動を保証するための道具として作られた。
・アル・カイーダは連絡用にステガノグラフィー(画像などのデータに小さなデータを隠す技術)を利用していた。
・ステグデテクト:ステガノグラフィーで作成されたコンテンツを検知するツール
・グローバル・ビレッジ:マーシャル・マクルーハンが1962年に考えた概念
・アメリカは利己的な競争社会になっている。建設的な共同社会に変えたい(リチャード・ストールマン)
・世界各国の電子政府プロジェクト:マイクソフト一社に依存することへの危機感。安全保障的な危機感。
-目次-
第1章 Winny ―「私の革命は成功した」
第2章 P2P ―エンド・ツー・エンドの理想型
第3章 著作権破壊 ―ヒロイックなテロリズム
第4章 サイバースペース ―コンピュータが人々にパワーを
第5章 逮捕 ―「ガリレオの地動説だ」
第6章 アンティニーウイルス ―パンドラの箱が開いた
第7章 標準化戦争 ―三度の敗戦
第8章 オープンソース ―衝突する国家
第9章 ガバナンス ―インターネットは誰のものか
第10章 デジタル家電 ―iPodの衝撃
第11章 ウェブ2.0 ―インターネットの「王政復古」
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