読書メモ

・「日本を教育した人々
(齋藤 孝:著、ちくま新書  \680) : 2008.08.04

内容と感想:
 
「はじめに」で書かれているように「日本の行く末についてただならぬ不安感」を著者は感じている。 正常な感覚の人なら同じ思いを感じているに違いない。 それは我々日本人が戦後の復興を達成した後、「方向性を見失ってしまって」いるからだ。 その状況を著者はスランプと表現しているが、「スランプに陥ったときは基本に立ち返るのが一番」なのに、 我々が「戻るべき基本を持たないこと」が問題だ。その基本とは「日本の教育」の基本を指している。
 ではどこまで戻ればいいのか? 著者は幕末から明治維新期が妥当と考えた。「私たちが現在抱える問題とも共通する要素を見出せるかも知れない」と。 本書では「近代日本の基礎をつくった人々」4人について学ぶことで「戻るべき基本を確認」しようとしている。 吉田松陰、福沢諭吉、夏目漱石、司馬遼太郎を取り上げている。 司馬は前の3人とは時代は違うが、「日本という国そのものを考え直させたという点で教育者的な役割を果たした」と考えている。
 彼らはそれぞれのアプローチで教育者的な役割を果たしたのだが、 著者によれば「松陰はホットに伝え、福沢はクールに伝え」、漱石は「とても迷いながら伝えた」というイメージだ。 司馬の場合は日本人の根っこはどこにあるのか、拠り所はどこにあるのか、 日本人のアイデンティティを歴史を通じて考え、それらを小説を通して我々読者に考えさせた。
 著者が日本の行く末に不安感を感じている理由は第四章にもあるように1980年以降、「倫理観が崩れて日本が危なくなった」ことにある。 「拝金主義や自己中心性はさらに加速する一方で、経済には停滞感が生まれ」ている。
 明治維新が「武士が武士を倒した不思議な革命」というのは印象的だ。その結果、武士はいなくなった。 「革命を起こした武士が自らその存在を否定」した。そこには「外国から侵略されるという危機感が高まっていたから」 発想を変えなければならなくなったのだ。
 これは現在に置き換えれば、官僚(武士)がこのままでは国が立ち行かなくなる、と危機感を持ち、 省庁を越える大きなもの(国家)を守らなくてはいけないと、発想の転換をする、といったところだろうか。 「本当のエリート」とは経済的なセンス(経営センス)と公共的な志の「両方を持っている人間」だというように、 将来の天下り先のことだけを考え、事なかれ的に無作為であってはエリートとは言えないだろう。 年金問題や薬害問題などが起こっているのも両方を備えていないエリートとも言えない人たちが増えているということなのだろう。
 「あとがき」の冒頭に「これから日本に何より必要な存在とは?」という問いかけがある。 それは教育のリーダーだと著者は考えている。「日本人一人ひとりの向上心に火をつけることができる」存在をイメージしている。 本書で取り上げている4人がそのイメージである。彼らは「現在進行形で影響を与え続けている存在」である。 一教育者である著者も執筆を通じて、「改めて情熱の火をかき立てられた」と言っている。 「学級崩壊(学校崩壊)」など教育現場の危機が指摘されているが、学校だけでなく職場などでも、教師や上司は学生や部下の 向上心に火を付ける存在であって欲しい。私もそうありたい。

○印象的な言葉
・「狂」がつく情熱が人々を感化。先駆は狂者の任務。
・カラリとした精神
・昭和初期は非日本人的な時期だった
・松下村塾:吉田松陰の私塾。たった一年間。来る者は拒まず、去る者は追わず、月謝は取らない。来る人の時間帯もばらばら。 一斉授業形式ではなく討論や対話の形式。共に学ぼう。平等性
・読者と対話するような気持ちで書く
・教育は学ぶ側の自由意思が大事。自由な出入り
・体制を安定して維持するには下ができるだけバラバラなほうがクーデターの可能性も低い
・授業で何をテキストにするかは必ずしも問題でない。大事なのは現在自分が置かれている状況への問題意識と、これから何をすべきかという課題意識。 それらを喚起させることが教育の狙い。使命感を自覚。学問は現実をどう変えるのか。
・幕末、薩摩藩や長州藩など外国に近く情報が入って来やすい人々の価値が増大
・死ぬことで後に残ることがあるなら、死をも厭わない
・独立の気力を持て。独立精神。経済的な自立。余力があれば他人の独立を助ける。 独立し、自分の考えで動き、自分が選択したと責任を持てれば、人を羨まなくなる
・良い物は良い、悪い物は悪い。あれこれ議論していても始まらない
・易きに流れる欲望をコントロール
・自由と我儘とのさかいは他人の妨げをなすとなさざるとの間にある
・モラルのないところに技術が加わったときの恐ろしさ
・欲望を抑えることを修行の目的にしているような禅坊主などは働きもなく幸福もなき者。そんな生き方はつまらない
・明治以前の日本人は大勢の前で自分の意見をしっかり言う習慣がなかった。公の場では言いたいことを言わない文化。人前では意見を言わない民族
・学ぶことを中心に幸福感をつくる
・リーダー自身が学問を軸にすえて生きる。ただの学者ではいけない。学問を活用し、それを支えに生きていく
・文学とは悩むことにあり。容易に解決の見出せない、様々な苦悩の表現
・文学は人間理解力を伸ばしやすい適切なテキスト。人間性がテーマ。他者の身になって考える、社会性を身につけることにつながる
・木曜会:漱石の自宅にいろんな人が集まってきて勝手に喋っている。若い連中が気炎を上げる会。自由なサロン。会を通して切磋琢磨
・ずっとやり続けることによって世の中は認めてくれる
・能力があっても責任感のない人は仕事が加速しない
・日本人でよかった
・品格のある日本人の中心は気概、志
・明治国家は世界史的な奇跡
・大久保利通が死んだとき借金だけが残った
・書生の精神。生涯一書生でいきたい(司馬遼太郎)
・頭のいい人間:合理的でモダンな考え方。経済センスがあり、物事の本質をキュッと掴む。視野が開けている
・責任は自分一人にある。批判は他者にある

-目次-
第1章 吉田松陰と沸騰する情熱の伝播
第2章 福沢諭吉の「私立」という生き方
第3章 「夏目漱石」という憧れの構造
第4章 日本史をつなぐ司馬遼太郎