読書メモ

・「イスラム金融入門 ―世界マネーの新潮流
(門倉貴史:著、幻冬舎新書 \740) : 2008.10.26

内容と感想:
 
最近「イスラム金融」や産油国の「政府系ファンド」という言葉をよく聞くようになった。 原油価格が高騰して中東の産油国が潤ってオイルマネーが世界に逆流していく。 それらの多くがイスラム教国だが、マネーの力で存在感を強めている。
 イスラム教では利子を伴う金融取引をしてはいけない、とコーランには書かれているそうだ。 利子は不労所得であるため、よくないものとされ、 イスラム教徒(ムスリム)の行動規範「シャーリア」(イスラム法)に規定されている。 しかし、そのシャーリアも国際標準がなく、各イスラム教国によって解釈に差があるらしい。 ではイスラム教国では金融ビジネスは成立しないかというとそうではない。 共産国じゃないからビジネスはしっかりやっている。利益も上げている。お金が嫌いな人々というわけではない。
 イスラム金融が急速に発展するようになったのはつい最近で、2000年代に入ってからのこと。 それまで欧米の金融市場へ流れていた「オイルマネーがイスラム金融を振興する国々に向かうようになってきたのである」。 原油産出国でないイスラム教国もイスラム金融を整備してインフラ整備などにオイルマネーを投資してもらうよう努力している。
 イスラム金融での取引形態には大きく分けて次の4つがある。 ムラーバハ、イジャーラ、ムダーラバ、ムシャーラカ。 詳細は本を読んで欲しいが簡単に言えば、イスラム金融にも銀行は存在するが、金融機関というより小売・問屋のような役割で、 利子の代わりにマージン(利益)を上乗せして販売し利益を上げている(これが7割)。 またリースの仕組みを利用してリース料で利益を生み出したり、投資家から集めた金を事業に投資したり、 投資家と事業を共同経営することで収益を分配する、という仕組みもある。
 主なイスラム金融商品として以下の二つが紹介されている。
・スクーク:金融債権
・タカフル:保険
 本書では著者の主宰するBRICs経済研究所が提唱した「MEDUSA」4ヶ国(M:マレーシア、E:エジプト、DU:ドバイ首長国、SA:サウジアラビア)を イスラム金融の有力グループとして第二章で取り上げている(なぜイスラムにギリシャ神話の怪物の名前なのかは知らない)。 各国の取り組みや経済状況、将来展望などが解説されている。投資する側も投資されたい側も参考になるのではないか。 第三章はMEDUSA以外の国々にも触れている。イスラム教国ではない英国や香港などもイスラム金融に注目していることが分かる。 第四章はイスラム教国以外の有力新興国で活発化しているインフラ投資にイスラム金融が活用される可能性について迫っている。 ブラジル、ロシア、ASEAN地域などイスラム金融とは関係なさそうな話もあって、紙面稼ぎにも受け取れた。
 世界金融危機の影響で原油価格は急落し、原油輸出でボロ儲けし続けることは出来なくなった。 中東地域でも経済が急成長し、インフラ整備などに向けて海外から投資マネーが流入してきたが、 ここのところの世界経済の変調で雲行きが怪しくなってきたと聞く。世界が互いに強く結び付き依存していることを象徴している。
 エピローグにはイスラム金融が「アメリカ型のグローバル資本主義の対抗軸」になると言っている。 サブプライム問題によって「グローバル資本主義の限界やリスク」が浮き彫りになり、そのもとでは「マネーが現実の経済活動を離れて暴走してしまうおそれがある」 ことが分かってきたからだ。マネーの暴走が「バブルの発生と崩壊」、「物価の高騰」など「現実の経済活動に悪影響を及ぼす凶器」になった。
 しかし私にはグローバル資本主義が悪なのではなく、レバレッジを利かせて大儲けしよう、とかいった欲望をコントロールできない人々の問題だと思うのだが。 イスラム教には厳しい戒律がある。確かに利子を取らないのは解釈の違いだけで、イスラム金融でも資本主義国と似た手法で何らかの収益を上げていることは本書で理解した。 しかしムスリムの人たちにはイスラム教の法律による規制と、信仰に基づいた欲望の制御が機能しているように見え、今後の資本主義のあり方を見つめ直すための手本に なるような気がした。欧米のキリスト教国にもまだ信仰はあるはずだと思うのだが、現在の状況を見るとタガが外れてしまったとしか思えない。

○印象的な言葉
・利子の伴う取引が一般的になったのは近世以降。それ以前は利子は罪悪とみなされた。金利を取る金貸し業は蔑視された
・9.11でムスリムたちは先進国に預けていた金融資産が凍結されることを恐れ、市場から引き上げた。イスラム回帰
・イスラム金融はムスリム以外も利用できる
・ムスリム人口の9割がスンニ派。スンニ派でもシャーリアの解釈について4学派に分かれている
・スクーク:投資家は利子の代わりに収益(運用益)の配分やリース料を受け取る
・タカフル:生命保険、損害保険など。協同組合のひとつ。貯蓄の意味合いが強い。高額の保険料は期待できない
・すべての金融機関をイスラム金融にしてしまった国は経済・社会に様々な歪が生じている。 イスラム銀行と国家・政府との結びつきが強まり、民間企業の資金調達が困難
・ムスリム人口は世界の24.79%。ムスリムが多い順にインドネシア、パキスタン、インド。
・ラマダン:断食月。何月という「月」の名前の一つ。イスラム暦の9月。
・MEDUSA4ヶ国:イスラム金融が浸透、ファンダメンタルズが強固、政情・治安が比較的安定。高い経済成長は期待できるが、 BRICsなどと比較して人口規模がそれほど大きくないため、経済規模がそれほど大きくなることも、消費マーケットとしての拡大も期待しにくい。
・ドバイ:国民、企業から税金をいっさい徴収していない。バーレーンに代わる中東の金融センターになりつつある。石油依存体質からの脱却に成功。
・ペルシャ湾岸6ヶ国で構成する湾岸協力会議(GCC)は2010年以降に域内統一通貨の導入を目指す。 GCC各国はドル・ペッグ制を採用しているが、ドルの信認が揺らぎ、ドル安が自国通貨の下落を招き輸入物価が上昇、インフレを引き起こす
・巨額の外貨準備を運用する政府系ファンドはこれまでもっぱら米国債で運用。最近は投資先の分散傾向が強まる
・バーレーンはイスラム金融を規定するシャーリアの解釈の国際標準づくりを急いでいる。標準ができれば国境を越えたイスラム金融取引が容易となる
・香港:過度に中国本土に依存した金融システム。
・英国:2012年のロンドン五輪の資金調達の一部をスクークで行なう
・バングラディッシュのグラミン銀行:貧困削減に貢献。2006年のノーベル平和賞受賞。マイクロファイナンスを展開。無担保貸付でも98%が返済されている。 融資先がほとんど女性で、5人単位のグループにして貸し倒れしないよう相互監視するのが秘訣。
・イスラム金融では金融活動は生産活動と1対1であり、何らかの生産活動に対して投資する形式のため、投機的なマネー流入でバブルになるようなことが起きにくい。

-目次-
プロローグ 金融市場の新たな勢力
第1章 イスラム金融、これだけ知れば大丈夫
第2章 有力グループ、MEDUSAのパワー
第3章 目が離せない、あの国この国
第4章 インフラ投資にイスラムマネーを!
エピローグ 日本経済とイスラム金融