読書メモ

・「iPodをつくった男 〜スティーブ・ジョブズの現場介入型ビジネス
(大谷 和利:著、アスキー新書 \724) : 2008.05.17

内容と感想:
 
サブタイトルにあるスティーブ・ジョブズを現アップル社CEOとして知っている人も多いだろう。 アップル社は今やマックを作っているパソコン・メーカーという枠を超え、iPodを核とする音楽サービス会社とも言える 企業へと変身した。パソコンの世界ではずっと巨大与党に対抗する少数野党のような存在であったが、 iTunesストアで音楽配信をビジネスにし、 iPhoneでは電話もできるiPodとして携帯電話ユーザ、インターネット・ユーザまで取り込もうとしている。
 「古くからのユーザー兼アップル・ウォッチャー」である著者がそのアップル社の成功の秘密に迫る本。
 意外な着目点、優れたインダストリアル・デザイン、などがその強みや魅力となっているが、 過去に何度消滅してもおかしくなかった同社が生き残って来れた要因としてはスティーブ・ジョブズの存在が大きい。 「はじめに」に書かれているように、同社とその製品には「革新的で最高の製品を作り上げようとする信念にも似た想い」が あった。それらの根底に宿るスピリットを著者は「アップルDNA」と呼んでいるが、そのDNAや持てる力すべてを集中させることで 力を発揮し続けて来れた。その役割を果たしてきたのがスティーブ・ジョブズというリーダーであり、彼自身がアップル社そのものとも言える存在。
 本書にも出てくるようにスティーブ・ジョブズという人物を評して、プレゼンの達人、歩く広告塔、最高のベータテスター、 ナンバーワン・セールスマン、最強の策士、ネーミングの魔術師など、彼の魅力を言い表すキャッチフレーズが多くある。 彼はもともと技術者でもなく、過去に一度、会社から追放されたように経営者としても優れていたわけではなかった。 現在の成功を見れば十分に優れた経営者とは言えるが、彼の持ち味はプロデューサー兼ディレクターとしての役割にあるようだ。 パソコンや音楽が本当に好きなアップルの開発メンバーたちが自らの理想を追いかけ、面白いと思える製品を作ってきた。 ともすると自己満足や独りよがりに陥りがちだが、個性を失わせない範囲でバランスを取るディレクター役がジョブズだ。 また、それまで誰も「見たこともないような製品の魅力を世間に理解させるメッセンジャーの役割も果たしている」。
 理想主義、完璧主義、激情型とも書かれているが、もともとカリスマ性を持っていたことは確かなようだ。
 iTunesストアがあくまでもiPodの販促用の触媒的存在だという考え方は本書で初めて知ったのだが、 確かに配信される楽曲それぞれは単価は安く儲からないように見える。 アップルの場合は楽曲ソフトやサービスで利益を確保しようとしているのではなく、 iPodやiPhoneといったハードウエアの販売で利益が出ればいいと考えている。これは著者が言っているように ゲーム機や携帯電話のビジネスモデルとは正反対であり、目から鱗であった。 一定期間ごとに買い換えてもらうようなサイクルを作り出せないと、継続できないビジネスだろう。
 第3章では一章を割いてアップル製品の魅力の一つであるデザインの重要性に迫っている。 「製品の表面的なスタイリングだけでなく、パッケージから広告、販売方法に至るまで一貫したセンスの下に構築されている」。 デザインにもジョブズの意志が強く反映されており、彼のセンスが発揮されている。雇われ社長には決して出来ないことだろう。
 本書はアップル社の歴史も書かれていて、それほどアップル通でない私にも、数々の製品名とその裏話を読んでは、 あの頃はそんなことが起きていたのかと、アップル社の成功と失敗の歴史を興味深く読むことが出来た。

○印象的な言葉
・裏プロジェクトの重要性、個人プロジェクト、非公式。自己防衛的に機能
・ユーザを迷わせない
・優れたリーダー:自らにとっての適正なスケールを維持しながら健全な経営を行なうことができる
・ワンマンにも見える決断力、カリスマ性
・プレゼン資料のあいまにブランクページを挟んで、観客の注意をプレゼン画面ではなく発表者に向けさせる
・良くいえば感情が豊か、悪く言えば気まぐれ
・人を惹き付ける魅力、周囲の人を巻き込んで何かを成し遂げる力
・毎年、社運をかけた創造的な製品づくりの陣頭指揮をとる
・先端的な製品では一般テスターの意見を聞きながらの開発は難しい。彼らが欲しいものが何か自身がよく理解していないから
・まだ実現されていないコンセプトやアイデアを具体化するには市場調査よりビジョンや洞察力が重要
・プレゼンのコツ:一度に提示する情報量を限定し、メッセージをシンプルにわかりやすく伝える
・ヴェイパーウェア:発表したものの、そのまま発売まで至らなかった製品(vapor)
・Google:スタッフの思いつきを重視、市場の半歩先からユーザーを導く・巻き込む
・最初でなくても、最高のものを作ろう
・進歩の仕組みとは発明よりもそれを実用化することにある
・スタッフの考え方が保守的になり、発想が固定化することを恐れる
・会社はライフワークを実現する場所
・単純であること、これ即ち最高の洗練(ダ・ビンチ)
・思い切った単純化、ミニマリズム、無駄のないデザイン、考え抜かれた単純化
・ただの単純化でなく、それ以上できないところまで単純化すべき(アインシュタイン)
・イースターエッグ:ソフトウエアの隠し機能
・デザインをビジネス戦略の中核に置くことで、差別化
・ロゴ:視覚的な求心力、イコン性(シンボル性)
・デザイン言語:一連の製品デザインに統一性をもたらすデザイン上のルール
・デザイナーは世界を変える職業
・傷付きやすい仕上げであればユーザは丁寧に扱う。製品への愛情も深まる
・おもてなしの心:パッケージを開けて、製品に初めて触れる瞬間までもがユーザ体験
・これまでにない先端的な製品こそ訴求ポイントを絞る
・宇宙に凹み(dent)を作る
・大まかな方向性をインパクトのある言葉で示す。包括性と求心力のある的確なスローガン
・iPodはテクノロジーではなく、「音楽に最も簡単にアクセスできる手段」
・欠点として捉えられかねないコストダウンのための仕様を最大のセールスポイントにする
・君はベストを尽くしたのか? やり残したことはないか?満足しているか?

-目次-
第1章 スティーブ・ジョブズという男について
第2章 アップル社の経営方針
第3章 デザインの重要性
第4章 キャッチコピーから見るアップル社
第5章 同じ過ちは繰り返さない