読書メモ

・「iPhone 衝撃のビジネスモデル
(岡嶋 裕史:著、光文社新書  \700) : 2008.01.19

内容と感想:
 
米アップル社は2007年1月に社名をアップルコンピュータから単に「アップル」に変更した。 iPodしか知らないユーザはアップルがコンピュータを作っていることも知らないかも?(言い過ぎか?) それが今度は携帯電話を売り出した。2007年6月のことだ。 製品発表と同時にその「フォルムはシンプルで美しく、クール」で多くの人々を魅了した。 日本では既に売られている「iPod touch」をご存知の方は、それに電話機能を持たせたものとイメージすればいいだろう。
 本書には著者がタイトルに「衝撃」と書いている理由が書かれているのだが、 そのポイントはそれが単なる携帯電話に留まらない可能性を秘めたデバイスであるという点にある。
 「まえがき」ではあらゆる情報機器に対して「利用者にとって何が親切かを問い直す時期」に来ていると言っている。 その問題を解く鍵は操作体系(ユーザインターフェース)と操作体験(ユーザエクスペリエンス)にあるとも。 それが得意なのがアップルだ。 「アップルは常識をシフトして、新しい価値を提供することに優れた企業」で、iPodにしろiPhoneにしろ、 秀逸な「インターフェースとエクスペリエンス」はそれら製品の特徴を上手く言い表しているだろう。
 情報機器が増えてきているが、それらのユーザインターフェースは機器ごとに異なり、ユーザが使い方を覚えるコストが大きく 利便性を欠いている。 セキュリティが必要な場合はユーザIDやパスワードの入力がそれぞれの機器で必要だったり、とそんな混沌とした状況を マニュアル地獄、パスワード地獄、リモコン地獄とも表現している。 そんな不自由さを解決するデバイスの概念として「フェデレート端末」というものがあるそうだ。 「多くの情報機器をコントロールする集約機器」だ。 著者はそれが携帯電話になるだろう、と言う。そしてそれに現在一番近づいているのがiPhoneだと。
 携行性とリッチで拡張性の高い機能を簡便に使いこなせるインターフェースを持つデバイス。 それが「iPhone」。 単に携帯電話とiPodを加算しただけの製品ではない。 勿論、ネットワークにダイレクトに接続することでPCを介さずに直接iTunesストアから音楽を買えるようになるが、 それだけでなく真にユビキタスなネットワークへのユーザインターフェースをこれへ統合できるのだ。
 これまでの携帯電話はテンキーなどインターフェースが貧弱すぎた。 iPhoneはマルチタッチ式の全面タッチパネルを採用し、 大画面と柔軟なインターフェースを両立し、操作性を段違いに向上させた。 スタイラスペンなどという野暮なものは不要、指で操作。まるで魔法のよう。 PDAも凌駕する。
 著者はiPhoneのような端末が実現するサービスの具体的なイメージとして、ATMや切符の自動販売機を例に挙げている。 ケータイのパネルにそれらと同じ画面を模倣できるため、ATMや自販機に並ぶこともなくなるのだろう。 そこに無限の可能性を著者は感じている。 しかもそのサービスを提供してもらうために端末を買い換える必要はなく、ソフトウエアを切り替えるだけでいい。 ケータイのカメラが画面に映している映像(景色など)にそれとリンクしたハイパーリンクを張ったり、施設なら利用料金を表示したり・・、 といったアイデアも面白い。
 そこまでCEOのスティーブ・ジョブズが考えているのかは不明だが、ジョブズのビジョンは「稼げるWeb2.0」の創出だと著者はいう。 インターネットは課金の難しさがあり、その課金システムはユーザにとっても面倒なものであった。 携帯電話網を使うことでより課金がしやすくなる、そこにジョブズは目を付けたのだと言いたいようだ。 音楽配信以外でもサービスが広がる可能性がある。アイデア次第である。
 第2章、第3章はiPhoneの素晴らしさ、更なる可能性を語るための前置きに過ぎない。
 第4章で「iPhoneは既に電話ではない。携帯する身体能力拡張機能」といっているように、電話以上のエクスペリエンスを提供してくれるだろう。 (名前に「Phone」を付けたのは可能性を狭めるようで安直だったような気がするが・・) iPhoneは電話の規格が違うため日本では使えないが、無線LANなど多様な無線アクセス機能も搭載している。 iPhoneが日本で発売される日が来るかは未知数だが、著者はiPhoneにならって、日本の携帯電話会社などは携帯電話をプラットフォームにしたサービスを拡大し、 サービス提供事業者からその課金手数料収入を得るビジネスモデルにシフトすることに魅力があるのでは、と提案している。

○印象的な言葉
・iPodには必要最小限の機能しか付いていない。必要と思われる機能さえ付いていない。 無駄を極限まで削ぎ落とした外観と操作性。音楽を聴くことに集中。
・iTunesストアの成功:情報に十分な価値、適切な価格、簡単な操作に対しユーザは対価を払う。 シンプルな料金体系。「フェアプレイ」というユーザのの利便性を考慮した著作権保護機能。
・「電話を再発明する」、本当に再発明したのは収益構造
・未熟なユーザインターフェースがユーザに負担をかける
・fool proof:操作ミスへの耐性
・Web2.0:本来のウェブの姿であるセマンティックWeb(人間の外部知識的なWeb)に末端ユーザの力を借りて近づけていく。 データの無法地帯と化したウェブを再構造化。ユーザの不満を草の根レベルで解消しようとしている。
・Web2.0:ウェブが新しくなることで社会が変革される可能性に期待。楽しそう。
・グーグルの収益モデルは広告収入に依存する古典的なもの。モデルだけ見ると広告事業者。 Web2.0的な技術やサービスそのものが富を生んでいない。それらは客寄せパンダとして機能。 魅力あるサービスを作る能力は世界の頂点に近い。このモデルは追従者を潤すことはない。
・リアルではリーチしようのない要素同士がウェブ空間では比較的容易にマッチングしてしまう。
・Web2.0はコアコンピタンス(中核競争力)を持つ企業が、それをより効率的に顕在化させれるように作用
・グーグルは神にあらず。収益構造は単品依存的でリスクがある
・インターネットという仕様には課金の発想がなかった
・広告モデル:ネットワークやコンテンツそれ自体から価値と利潤を創造できない
・マウスの発明以来、PCは大きなインターフェースの進化が見られなかった
・サーノフの法則:1対n型の放送ネットワークでは、ネットワークの価値は参加者数に比例。先行者利得が大きい
・ユニバーサルサービス:原資は(電話など)使用料金によって賄うため、最終的な負担はユーザが負っている
・ユビキタス:人間が明示的にコンピュータを使わなくても、必要なときに必要なだけ、気付かないうちにサポート。実物系ネットワーク、センサネット。
・精細な画像は決め手ではない。重要なのはファンタシーとの接触がもてるか否か。人間の深奥の欲求にこたえる増幅装置
・分散インターフェースモデル:様々な情報機器で提示されるインターフェースを同一にする。マイクロソフトがウィンドウズで目指してきた方向性。
・集約インターフェースモデル:個々のサービスにアクセスするための情報機器を一つにしてしまう。携帯電話に際限なく集中する機能。 サービスの集積基地であるコンビニエンスストアに似ている。
・メディアの発展段階:ハードウエア、ソフトウエア、サービス、生活習慣。後になるほど作るのが難しい
・進化の空白地帯、ミッシングリンク
・任天堂のDSは使いやすいインターフェース。スタイラスや音声入力。無線LAN。
・アップルのコアコンピタンスはユーザエクスペリエンス以外にない。それを向上させるしくみのプロ。 コンピュータの互換機路線に追従しなかったのは、ハードウエアも含めたエクスペリエンスの質を確保するため。シェア以上に守りたいものがあった。
・検索対象を言語化しなければならない現在の検索エンジンの仕組みは、まだユーザの利便性を高い次元では満たしていない。探し物システムとしては不完全。
・言語化不可能な検索ができるシステムを他社が提供したらグーグルは瞬時にシェアを奪われる
・携帯電話はウェアラブル
・(ある情報の)裏を取る作業はよりコストがかかるもの
・情報や知識の対価をゼロにしてはいけない。真にクリエイティブな情報を創る人がいなくなる
・携帯電話事業はごく少数のプレイヤによる寡占状態。貨幣の流通を制御するための仕組みを構築しやすい
・フルスペックPCの処理能力を要求するようなアプリケーションは大半のユーザは使用していない
・完成度に問題がある製品をリリースするのは怖い。リリースする勇気を評価。批判を浴びつつも早期にリリースし、顧客の意見をより早く製品にフィードバック
・低完成度の製品は日本企業の倫理と美意識にはそぐわない。誠実さでもあり、限界でもある。
・技術開発の方向性を示すグランドデザイナが日本には不足している
・ジョブズには技術がどう発展したら楽しくなるのかを突き詰め、分かりやすいビジョンとして技術者や利用者に語れるタレントがある

-目次-
第1章 iPhoneの衝撃
第2章 Web2.0の幻
第3章 ユビキタスの挫折
第4章 クール!iPhoneのインタフェース
第5章 iPhoneが拓く新しいビジネスモデル