読書メモ
・「スティグリッツ早稲田大学講義録 〜グローバリゼーション再考」
(藪下 史郎、荒木 一法 :編著、光文社新書 \700) : 2008.03.08
内容と感想:
本書はスティグリッツ教授(2001年にノーベル経済学賞)の2004年の早稲田大学での講義を基に書かれた。
教授の活動はアカデミックな分野だけにとどまらず、米国政府機関や各国政府、国際機関へのアドバイザー的役割も果たしている。
彼が書いた経済学の教科書は世界中でベストセラーにもなっている。
その講義はグローバリゼーションの功罪と国際金融機関の役割がテーマとなっていた。
多角的貿易交渉などの場でデモや暴動が起きるのもグローバリゼーションへの反発からだ。
グローバリゼーションの恩恵を受けた国もあれば、その進行の過程で経済危機に苦しむ国が出てきて、
グローバリゼーションに対し「失敗」の烙印が押された。
グローバリゼーションにより世界中が恩恵を受けるはずというナイーブな理想は挫折した。
各国で起きる経済危機がそれを示している。
そしてそれらの危機に対して救いの手を差し伸べるはずの国際金融機関がうまく機能していないのがもう一つの問題。
特にIMF(国際通貨基金)はその使命を果たして来なかったと教授は批判する。
IMFの失敗がかえって経済危機を深刻にさえしているケースもあると言う。
IMFの問題点は意思決定過程が非民主的だという点。
そこにはアメリカ財務省とウォール街の意向が強く反映されるという。
また、IMFは使命を見失っているともいう。
途上国開発が専門ではないのに開発融資に取り組むようになり、失敗もしているのだ。
IMFには組織改革が必要で、本来の使命、国際金融システムの安定性の維持に全精力を注ぐべき、と提言する。
また、途上国から先進国へリスクを移転するシステムの整備が重要とも述べている。
教授らの研究である「非対称情報の経済学」は、情報はほとんどの場合、不完全だというところから来ている。
保険市場を分析し、保険会社がもつ加入者のリスクに関する情報が不完全であることから、完全競争市場が円滑に機能しないことが分かった。
その理論はグローバリゼーションの失敗の原因を証明する。
今後もグローバリゼーションは進展するだろう。
しかし市場での効率的な資源配分が失敗することもあり、市場だけに任せる市場原理主義では危機を招くこともある。社会に不安定性を招く。
そのときに政府や国際機関の役割が重要になる。時には市場に介入することもあるが、それにも限界がある。非対称情報が政府の失敗さえ招くのだ。
市場が完全ではない以上、民間だけでは市場経済を機能させることができない。そこには国際間取引のルールや制度が不可欠となり、
それには政府や国際機関が果たすべき役割がある。国内や国家間の合意には時間がかかるが、世界の発展と安定のためには地道な努力が必要だということも
我々は認識し、意志を示し積極的に参加していく姿勢も大事だ。
○印象的な言葉
・東アジアの奇跡:グローバリゼーションの利益を受け、経済成長を成し遂げたが、1997年には通貨金融危機に見舞われた。
それもグローバリゼーションに伴う資本市場の急激な自由化が原因。
・相互依存の世界
・リスク移転市場の不備。途上国は金利変動と為替変動の二重のリスクに晒されながら十分な保険をかけられないでいる。
・グローバリゼーション:輸送コストや情報通信コストの低廉化、国家間の様々な人為的な障害の減少、国家間の資本・情報・財・労働などの移動が活発化。
最大の受益者は欧米。
・韓国は東アジア危機の影響があったが資本市場を自由化せずに乗り切った。IMFの出した助言を全て受け入れず、取捨選択した結果。
市場原理主義者には耳を貸さず、政府が重要な役割を果たした。南米の危機のときのチリも同様な立場で成長を維持した。
・途上国と先進国を分けているのは知識水準の格差
・教育・医療政策は社会の連帯感を強める、社会的安定をもたらす
・BIS規制:国際的には「バーゼル合意」と呼ばれる
・神の見えざる手:アダム・スミス。市場を通じて経済効率性が得られる利点がある。
最初から「見えざる手」は存在しなかった。市場は効率的な資源配分に失敗する。公共の利益のためには政府の介入が必要。
・1929年の大恐慌がきっかけで世界経済は負の連鎖に陥り、第二次世界大戦に突入した。ケインズは負の連鎖の拡大を防ぐためにIMF設立に奔走。
・ロシア危機など発展途上国で繰り返し起きる危機に対してIMFは間違った処方箋を与えてきた
・小さな政府、市場を信頼:経済理論による裏づけはない
・国際金融機関の役割:市場の失敗を修正すること。民間銀行とは反対の行動が必要
・うまく機能している市場では貧しい人から豊かな人へリスクが移転される。ウォール街はリスクを細かく切って商品化する能力に長けている。
IMFはリスクを途上国から先進国に移転するシステムを作る努力をすべき。
・アメリカは1日20億ドルを借り入れている。借金を重ねてその経済力を超える贅沢な暮らしをしながら、他国には先生づらしている。
アメリカの債務の膨張こそが経済を不安定にしている。アメリカが貿易赤字を続けられるのは世界中の人々がドルを持つから。各国がドルで準備金を持つから。
この準備制度は途上国にとっては有害無益。
・アメリカが赤字の最後の担い手:これが永遠に維持できることはありえない。いつか深刻な困難に直面することになる
・ギャンブルはゼロサムゲーム。合理的な人はそれに気付いてゲームをやめる。
・マレーシアのマハティール首相はIMFにノーと言った唯一の指導者。アジア危機も上手に乗り切った
・自由化の順序やタイミングを決める基準:貧困層の生活改善につながるかどうか
・株式市場のようによく整備された市場は例外的。市場そのものが存在しないケースが多々ある。
・各国政府や国際機関の行動を我々一人一人が見守るという地道な行動がジワジワと効いて、世界をよりよくする
・新古典派経済学:完全競争市場を前提。しかし市場メカニズムにより効率的な資源配分が達成されるための前提条件はかなり厳しい。条件は満たされていない。
・人々の間でリスク回避度に差がある場合、それらの間でリスクを移転でき、両者共に利益を得られる
・保険加入者はリスク回避的で、保険会社はリスク中立的でリスク回避度は小さい
・政府と民間との間での情報の非対称性は政府の失敗をもたらす
・ルール・制度は一つの公共財。それは民間市場では適切な量の供給が行なわれず、何らかの形で政府が介入する必要がある
・経済発展を民主的社会の形成を目指す社会変革のプロセスとみなす。それは瞬時に達成できず、国民全体のコンセンサスを変化させるような地道な改革の蓄積により実現される。
社会変革は社会全体の思考方法の変化から生まれ、国民の参加によって実現される。それには費用を伴い、時間もかかるが、その過程を経た決定は持続性を増し、社会の安定に寄与する。
-目次-
第1部 スティグリッツ講義録
第2部 スティグリッツ講義解説
第3部 スティグリッツの経済学とグローバリゼーション
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