読書メモ
・「モノづくり幻想が日本経済をダメにする ―変わる世界、変わらない日本」
(野口 悠紀雄 :著、ダイヤモンド社 \1,600) : 2008.12.23
内容と感想:
「週刊ダイヤモンド」掲載の「超整理日記」をまとめた単行本。それだけに本としてはテーマが分散し散漫な印象。
タイトルにあるテーマだけに期待すると肩透かしに合う。
著者の主張のポイントはプロローグにもあるように「日本の産業構造を根本的に変革する必要性」である。
それを寓話を使って説明している。
従来型の大量生産製造業では日本に勝ち目がないことは皆が気付いていることだろう。
先進国の産業構造の変化は明らかで、製造業比率は軒並み下がっているという。
「知識集約型のサービス業や金融業、新しいタイプの製造業への転換」の必要性を本書では説いている。
格差問題も従来型の産業構造のままでは是正できないし、経済成長もできないだろう、との意見には同感だ。
2008年後半から急速に世界の景気が悪化し、日本政府も緊急経済対策を検討しているが、
場当たり的な公共事業や補助金ばら撒きでは一時しのぎにすぎない。
問題は悪化する一方だろう。できればもっと早く景気回復局面で手を打って欲しかった。
景気後退で構造改革が停滞または逆行する恐れも出てきた。
しかしピンチをチャンスに変えなければいけない。
本当に困らないと本気で変わろうとしないのが日本人かも知れない。
著者は「モノづくり」そのものを否定する立場ではない。
差別化特性のないコモディティ製品の製造ではなく、「付加価値の高い個別少量生産」の製造業には将来がある、と見ている。
まだ日本の技術力は高く、新興国との技術格差もあるというが、いつまでも維持できるとは限らない。
著者が指摘するように「現在の優位は時間の問題」であり、「新興国が追いつけない先端的なもの」を開発し続ける必要があるだろう。
やはりそのためには人材育成が重要だ。独自の新技術へ挑戦できる環境づくりにこそ、重点的に政府には支援してもらいたい。
様々な問題を抱える日本だが、問題の本質に手が付けられず、そのまま放置され、今の状況にある。
それは「問題が解決しなくとも、つぎつぎに新しい話題を追いかける」マスメディアの体質にも大きな原因がある、と指摘する。
サブタイトルには「変わらない日本」とあるが、本当は変わらなくちゃと思いながらも、変わりたくない、というのが日本人の本音だろう。
急には変われないもの。変化にはエネルギーがいる。最初から大きなことをやろうとするから無理だと諦めてしまう。
本質を見極め、最も効果のありそうなところを、小さなところから少しずつ、確実に変えていくしかないだろう。
○印象的な言葉
・規制緩和で法人税を引き下げても、外国企業による買収を拒否するのでは経済活性化しない
・英語力が国力を決める
・映画「風と共に去りぬ」:アイルランド移民の物語。アングロサクソンへの憎しみを描いている
・情報や知識にかかわる社会的なインフラの強さ
・外資の参加は競争の促進だけでなく、新しいビジネスや経営の手法を持ち込む意味もある
・イギリスは高齢化が進み、中東欧からの移民が増えている
・日本もドイツも自動車産業だけはやたらに強い
・ドイツは所得分配が比較的平等。エリート階層が不在。「会社は従業員のもの」。労組が強さは日本以上。
・低金利、円安は日本の消費者にはメリットは少ない。損をしている。日本は低コストの資本供給国
・IT戦略は「ITを使って何ができるか」が問題
・街づくり:税理士村や会計士村を作る
・いくらでも入手できる情報をいかに活用し、いかなる結論を引き出せるかが重要
・多数の構成者からなる集団が正しい解答に到達する。市場価格は正しい。だが市場が常に正しいわけではない
・忠臣蔵は奇妙な話。浪士たちの頭の中は「お家」のことだけ。異議は暴力行為以外の別の方法で表せる。身内の論理。
・組織人:個性より仲間意識、個人の自己主張より集団の調和を重んじる。プロの成長を阻害
・優秀な社員がコモディティの生産に使われているのが問題。能力が活かされていない
・創造的能力のない教師に創造教育ができるはずがない
・好きなことだけを勉強してもそれが評価される体制
・原因の理解が間違っていれば、対策も間違ったものになる
・イノベーションには試行錯誤しかない(シリコンバレー型)。技術開発に政府が関与すると方向付けにバイアスがかかり、望ましい発展が阻害される。
・自らの遅れと欠陥を率直に認める謙虚さと勇気
・保守とは守るものを選択し、将来に引き継ごうとするもの。過去の全てを礼賛するのではない。懐古主義とは違う。
・90年代が辛かったから、その閉塞感から逃れたい
・アメリカの若者はIT技術を習得してもインド人並の賃金しかもらえないと考えている。コンピュータサイエンス学科に学生が集まらない。
・日本の労働者は言葉の壁に守られている
・労働者や家計の立場に立つ政党が日本には存在しない
・企業対家計(労働者・消費者)という利害対立
・資産格差は所得格差より大きい。相続に起因する。努力では克服できず、固定化される。
・社会主義経済は組織大規模化の極限
・郵政民営化は実体は官業のまま。民業圧迫。巨大な資産をもつ。独自の運用能力はない。
・脱税により、その分だけ我々の税負担も増える
-目次-
第1章 世界は大きく変わった
第2章 いったい日本はITを使えるのか?
第3章 変わらない日本の企業と産業構造
第4章 景気回復で拡大する格差
第5章 日本の株式市場は「まとも」か?
第6章 日本の金融業に未来はあるか?
第7章 税と年金
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