読書メモ
・「堂々たる政治」
(与謝野 馨:著、新潮新書 \680) : 2008.09.13
内容と感想:
福田首相の突然の辞任をうけて、現在、自民党総裁選が繰り広げられている。
本書の著者はその候補者の一人でもある。候補者の中では一番地味に映る。
「はじめに」で「事実は耳障りなものであっても聞く価値がある」という。
政治家としての本道とは「時には批判を浴びることがわかっていても、国民に堂々と語りかける」ことと言い、
本書では批判を覚悟で「堂々と」「耳障りなこと」を綴ろうとしており、TVなどマスメディアからは伝わりにくい著者の人柄や政治姿勢が表れている。
既に総裁選投票前に麻生氏圧勝とも伝えられており、正直に語る与謝野さんは分が悪そうだ。
しかし誰が総裁に選ばれても自公政権には厳しい状況は変わらない。
さて、第二章では選ばれる政治家として、当たり前のことと断った上で「最終的に問われるのは、政治家としてきちんとしているかどうか」と言っている。
地元のことをよく聞き、高い志をもつことだとも。
自身の咽頭ガン手術の経験もあって、治すなら徹底的に治す、
安全を考えて結局、治らないのが最悪。リスクをとる、と日本の改革についても病気の治療に例えようとしている。
その治療法の一つが消費税のアップだ。
著者は総裁選の以前から消費税10%引き上げを訴えている。この総裁選でも著者は消費税のイメージが強すぎる。不利だ。
第六章ではその消費税について触れている。
著者が最も恐れているのは国が借金を重ねているうちに利息も払えず返済不能になること。
すると金利が上がり、インフレになり、企業の設備投資が減る。
このまま消費税を上げないと、「いずれもっと深刻な事態になる」、国民には更なる消費税負担を、と正直に訴えている。正論を言っているだけである。
税負担の必要性について「割り勘」という分かりやすい言葉を使って語っている。
「先送りのツケは結局国民に回る」、
「この先行くと崖ですよ」ということをきちんと言うことが政治家の責任である。信頼できる政治家がきちんと説明すれば国民は理解してくれると思う。
また著者は現在の状況を「まだ勝てる」と言って敗戦まで引きずっていった旧日本軍部と重ね合わせている。現在は戦時中でなくともそういう事態になりかねない。
第七章には「温かい改革」という言葉が出てくる。本書全体に渡って、人気取りの派手なことは書かれていない。
いずれは首相に、と意識して書いた本であれば、麻生さんの「とてつもない日本」のようになるが、これはちょっと違う。
その改革案だが何か全く新しいことをやろうというものではない。そういう意味では期待外れの内容かも知れない。
日本の強みであった社会の一体性を守り、この国の「温かさ」を大切にしながら、世界に伍していく、というもの。
日本の国民皆保険は世界に冠たるもので、この制度の基本には温かさがあった、
かつての日本にあった価値観を再評価していこう、というのだ。それは懐古趣味や内向きの鎖国主義とは違う。
崩壊しつつある「社会の一体性」を取り戻さねば、ますます国力は衰え、日本は活気のない小国に落ちるだろう。
そのためにも著者のような「まともな政治家」が増えること、そんな政治家を国民が選ぶことを期待したい。
○印象的な言葉
・事実は耳障りなものであっても聞く価値がある、知る必要がある
・政治家の仕事は全人格と人生を賭けて大きな判断をすること
・参院選の自民の大敗は不祥事を起こした閣僚や党執行部にある
・いくら大きな声を出しても、国民には届かない。最終的に届くのは正確で誠実な言葉
・官房長官は番頭役。大抵のことは事前処理して、どうしもということだけ総理に相談し、汚れ役を引き受ける。省をまたいでの調整。
・政治家としてのドスやにらみを効かす
・肝心なときに人に相談しては判断を誤る。人に相談すると平均的な答えしか返ってこない
・小泉チルドレンは通常であれば落選しても不思議ではない人が多い。小選挙区制度の恐ろしさ。人気取り政策に傾き勝ち
・日本人が熱狂の中で決めたことは大抵間違っている
・リーダーたるもの世論と自分の判断が異なった場合、自らの判断のほうを取る覚悟が必要
・いつでもどこの国でも有効な「永遠の真理」のごとき経済政策は人類は発見できていない。これからも発見できない
・何百兆円もの巨額の投資マネーがウロウロと獲物を狙う「カジノ資本主義」
・市場の暴力、「経済」安全保障政策、市場の限界
・短期的なマネーの奔流から長期的な研究開発投資を守る仕組み
・市場は欲望がぶつかり合う場所。そこで決まったことがすべて善などということはありえない
・構造改革:資本と労働力をどんどん効率のいい部分に移動させる
・小泉元首相の最大の功績は「構造改革」を唱え続け、言葉で人々の意識を変えたこと(意識改革)。メッセージを伝える能力の高さ
・差がついて当たり前。差がつかないほうが不公平。不公平によってもたらされた差はよくない
・物理学の歴史は人類の思想の歴史
・勉強は易しい本を最初から最後まできちんとマスターするほうがよい
・政治の世界も無理に白か黒かという二項対立にする必要はなく、もっと複合的な価値観が成立する
・派閥の親分に必要な素質は母性愛、懐の広さ、大きさ
・弱点を後天的に克服。反動形成
・日本も二大政党制を、というのは安易な考え。価値観が多様化しているのに政党が二つしかないのはおかしい
・囲碁は相手の人柄が分かる。自分を表現するゲーム
・昭和10年代の政治家は肝心なときに何の発言も、行動もしていない。理性的、合理的な判断が権威の前で負けていく時代だった
・役人は少し褒め、少しおだてて方向性を与え、あとは政治家が責任を取る。優秀な役人の能力を活用しなければ日本全体の損。
彼らを働き詰めに働かせ、その成果を国民みんなで分かち合う。パッシングするより利口なやり方。
・社会福祉は結果的に社会の安定を底支えする。恩恵は誰もが受ける
・日本は世界でも役人の数が少ない国の一つ。政府予算も一人当たりでは先進国の中で最も少ない
・消費税はみなに同じ税率がかかるので貧しい人により厳しい。欧州では生活必需品には低い税率とする二段階。
・インフレ頼みの名目成長率アップ:日銀がお金をジャブジャブ供給すると、円に対する信認が低下し、円キャリートレードのような形で日本の富が海外へ流出するだけ。
・広域特区制度、(国内の)ブロック経済の振興
・役人だけではどうにもならなくなったときが政治家の出番
・もっと働き、もっと自分に投資し、もっと世界に出て行く
-目次-
第一章 三○日間だけの官房長官
第二章 奇道の政治、小泉元首相の遺産
第三章 国家観無き市場原理主義の危険
第四章 落選三回、当選九回
第五章 政治家の王道
第六章 国家は割り勘である
第七章 霞ヶ関埋蔵金伝説と「上げ潮」路線
終章 温かさと改革は両立する
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