読書メモ

・「親会社の天下り人事が子会社をダメにする
(佐伯 弘文、柴田 昌治:著、日本経済新聞出版社 \1,200) : 2008.09.06

内容と感想:
 
これまで「官の天下り」については厳しく批判されてきた。相変わらずの官僚バッシングだ。 しかし「民の天下り」はタブー視され、おおっぴらに議論されることはなかった。 本書は公然と日本経済を支えてきた大企業の天下りシステムのタブーに正面からメスを入れた本。
 著者の二人の対談形式になっているが、佐伯氏は当の本人が天下りで子会社の社長になった方(現・神鋼電機会長)。 当人だから天下りの問題点、弊害も分かる。しかし分からない人がほとんどらしい。 天下りが成功した企業より失敗した企業の方が圧倒的に多いということがそれを表している。 企業自体(社員も)への影響だけでなく、日本経済にもマイナスの影響があるのだから問題だ。 天下り社長(または役員)が株主から預かった資本や従業員の労働力を非効率に使っていては背任行為だ。 天下った本人の利益しか考えていない。
 私には天下りとは官僚だけのものという思い込みがあったから、本書の内容は新鮮に感じられた。 天下りを受け入れている企業の幹部や社員には切実な問題だろう。本書は企業改革のヒントになることだろう。
 佐伯氏が天下った当時、その子会社は実質倒産に近い状態だったという。 しかし社員の意識改革を強引にやった結果、一気に黒字化できたと言う。今では親会社に依存しない独立した会社となっている。 本書では著者らが見た「民間版天下り」の実態が描かれ、 天下り社長の佐伯氏自身が取り組んだ子会社の改革の成功談が語られている。
 天下りの問題を自分のこととして捉えて改革に取り組んだからこそ、ダメな子会社を自立した企業に立て直すことができたのだろう。 天下りトップがこうした意識の高い人なら天下られる側も幸せだが、そうでない場合はどうすべきだろう?座して死を待つのか? 佐伯氏の場合はトップダウンで強引にやったが、きっとボトムアップのアプローチもあるはずだ。
 当然、佐伯氏は今後も天下りを受け入れるつもりも、グループ会社に天下りさせるつもりもないようだ。 連結経営が重視される今日では、天下りではなくグループ企業間の「横滑りの人事交流」もよいのではないかとも言っている。 「親会社に人材が集中しすぎては社員同士が牽制し合い、もてる能力を出し切れていない可能性」があり、「有為な人材はグループ全体で平均的に活用する方が理にかな」う、 というのはよく分かる。
 人材は「人財」とも言われる。人材という資源の有効活用のためにも、民も官も天下り人事は廃止していくべきだ。 国民全体がそういう意識を持てば、既得権益を守ろうとする一部の人々への監視の目も厳しくなり、悪しき慣習はなくしていけるだろう。

○印象的な言葉
・律令時代の地方官も貴族たちの天下りポストだった
・欧米では株主や社外取締役や監査役など、天下りに対するステークスホルダーの目が厳しい
・子会社が親会社に反発しながら依存する歪んだ心理、企業グループ内のもたれ合い構造。親会社への不満、屈折した思い、ひがみ
・天下りは親会社の人事ローテーションの都合、必要悪、老後の社会保障制度、エリートたちの既得権益保護システム。役員同士の相互扶助
・グループ連結経営改革の必要性、会計制度の連結重視。グループ全体で知恵を出し合っていく、グループ戦略が大切。グループ全体の人材レベルの向上
・企業トップ次第でほとんど業績は決まる
・子会社には人材がいないという前提、親会社の偏見
・子会社の独立性、自立の道。親会社への依存率を下げる。子会社丸出しでは採用にも差し障る
・イギリスでは天下りより「天上り」が多い。子会社の有能な人材を親会社にもってくる
・アメリカでは最も優秀な人たちは軍関係に進むか、軍需部門の企業で働く。弁護士も多い。
・日本式経営の良さ:内部から昇格した経営者は自社の現場経験が豊富。実情に通じ、人脈もある。従業員に安心感。信頼に基づく良好な労使関係
・天下る側の心理:飛ばされた、無念、自負、自信、安泰。親会社の都合でいつでも首をすげ替えられる。頑張っても頑張らなくても同じ。消極的。愛着心・執着心・粘りなし
・天下られる側の心理:投げやり、退廃的な空気、ぶら下がり意識、負け犬根性、負け慣れ、無気力、覇気・気概の欠如、大企業コンプレックス、活気なし、自己責任感覚の欠落、 受け身、やらされ感
・組織性思考障害:物を深く考えなくてすむ状態が続くと考えることをやめてしまう集団症状。リハビリが必要
・強引で一方的なリーダーシップを発揮しすぎると社員は何も考えなくなる
・商品力の弱い品物を扱う部門や会社ほど強い営業マンを輩出する
・「上にいくほどバカになる」地位が上がれば上がるほど、自分で一から考えなくてはならないことが減る
・天下りのメリット:親会社の信用力、人材供給、商権確保、資金調達
・天下り組には役員ポストは与えず、顧問料のように一定の報酬を払うほうがリスクは限定的
・目覚しい業績を上げた経営者の共通点:好奇心が人一倍強い、せっかち、非主流出身者
・人の能力に一番影響を与えているのは周りの環境
・すべての人材は活用できる(カエサル)。会社経営の基本は人事政策
・日本的経営の強さ:人間関係の濃密さ。職場共同体。連帯感。改善へのインセンティブ。長期的人材投資。技術や経験の伝承
・不公平人事:個人的な好みや偏見
・定年退職年齢をなくす:雇うに値すれば雇用する。社員に勇気と希望を与える
・入社時の上司の存在は大きい。隣の上司も見ろ
・社長の役割は大きな絵を描いて見せること
・事業不振の原因はすべて内部にある。やるべきことをやらず、やってはならないことをやっている。基本的な問題を抱えているのは経営サイド。 上流の問題が下流の現場まで下りてきて様々な形に変容し、何倍にも膨らんでいく
・改革は君たちのためにやるのだ。
・製品(技術)に競争力があれば、会社が潰れたり傾いたとしても引き取り手が現れる
・ムダを見つける目を育てる
・もてあまし気味の人材を発掘し、隠されていた才能を生かす
・経営力とは人間学に長けていることと実行力
・決断した経験のない人は決断することに臆病。度胸と胆力
・官民の人事交流。民間センスの注入
・官の無能、無責任、非効率、ムダ使い。官は民のよい点を取り入れる努力をすべき

-目次-
第1章 なぜ日本企業に天下りがはびこるのか
第2章 「子会社をむしばむ天下り」はもう許さない
第3章 「子会社を復活させる天下り」に成功する秘訣
終章 どうすれば天下りをなくせるか