読書メモ

・「世界を不幸にするアメリカの戦争経済 〜イラク戦費3兆ドルの衝撃
(ジョセフ・E・スティグリッツ、リンダ・ビルムズ:著、楡井 浩一 :訳、徳間書店 \1,700) : 2008.12.07

内容と感想:
 
ノーベル経済学賞受賞(2001年)のスティグリッツ教授とビルムズ女史によるイラク戦争のコスト分析。 2003年にアメリカが始め、未だ収拾がつかないイラク戦争。 その戦争にかかったコストを3兆ドルと見積もったのがサブタイトルにもなっている。 その額も控えめな見積もりと著者は書いている。 開戦当時はそんなにコストがかからないとブッシュ政権は世論を誘導した。 しかしそれは今では暴走、失策と批判されている。 現実には大義であったイラクの民主化どころか、治安の改善も果たされていない、という。
 本書では戦争には兵器や兵士の給与など直接的でハード面のコストだけではなく、様々なコストが隠されていることが分かる。 そのコストをこと細かく分析している。 負傷兵の治療費、退役軍人への補償金・恩給・障害手当、復興費用、兵士採用コストなどなど切りがないほど。 それを忍耐強く分析して算出したのが本書である。 過去・現在だけでなく将来の引き揚げコストもある。
 死傷することで兵士が本来稼げたであろう収入や、収入が減ることによる生活水準の低下(国の補償では不十分)、精神的負担。 また負傷した帰還兵を母国で看病する家族や地域が支払うコストも忘れてはならない。 兵士には過大なストレスがかかり精神的な障害を負う者も多いという。 最も思いコストを背負わされているのは兵士たちで、それは金額では表せない。価値のある、有意義な戦争があるかどうか分からないが、 イラク戦争に限って言えば、まさに壮大なる空費であり、人命・人権の軽視だろう。
 それらのコストはアメリカ国民だけでなく、世界各国にも背負わされている。3兆ドルというのはアメリカに課せられる分だけのコストなのだ。 しかも将来に渡って付けを支払わされる。 例えばイラクの近隣諸国などは大量の難民を受け入れ負担を強いられている。 イスラム圏ではアメリカを世界平和に対する脅威と感じ、不快感を高めている。
 イラク戦争は単にイラクを破壊し、イラク人や兵士に死傷者を出しただけでなく、アメリカ経済・世界経済にも大きな影響を与えた。 中東情勢が不安定化し原油が高騰したこともその一つ。
 著者はイラク戦争に投じられた資金を別の事業に回せていたら得られたはずの利益についても考えている。 3兆ドルあれば深刻な危機にあるアメリカの社会保障制度の改善や住宅、教育、代替エネルギー技術の開発への投資、途上国への援助が出来ただろうという。 「たられば」になるが経済成長率も押し上げられたはずで、もっと有意義な使い方があり、そっちにこそ必要とされていたのだ。
 サブプライム問題でアメリカが深刻な経済危機に見舞われたため、アメリカの有権者の多くはイラク問題を最重要課題と見なさなくなっている。 次の大統領にとってはいつ、どうやって米軍を撤退させるかが課題となる。難しい判断を迫られる。
 第8章ではイラク戦争と同じ過ちを繰り返さないための18の改革案を提起している。 大統領の権力濫用を防ぎ、のちのち高くつく判断ミスを未然に防ぐのが目的だ。
 最後に書かれている「戦争を気軽に始めてはならない。最大の冷静さ、最大の厳粛さ、最大の注意深さ、最大の慎み深さ・・これらをもって臨むべき行為が戦争」 という言葉は国のリーダーは勿論、国民もしっかり認識しておく必要があるだろう。

○印象的な言葉
・価格の乱高下はコストをもたらす。調整コストは膨大になりうる。
・未来世代が生産性向上の結果、より豊かな生活を享受できる
・不確実性が存在するなら、リスクを無視するのではなく、リスクを常に注視する必要がある。
・リスク軽減を望めば望むほど、コストが増えて利益は減る
・3兆ドルくらいで国が破産する危険はない
・イラク戦争がイラク国民にもたらした福はほとんどない。イラクのGDPは開戦前より下がった。中流階級は崩壊
・アメリカの石油・ガス産業と軍需産業を除けば、実質的な勝者を見つけるのは困難。
・アメリカの民間の軍事警備会社。軍が精鋭の人材を民間に高給で奪われている。請負兵は軍の紀律・指揮下に置けない
・アメリカの汚職の手口は巧妙。報酬は賄賂ではなく二大政党への政治献金の形をとる。
・開戦後、毎年、緊急予算から戦費を出させた
・装備品の即応性が低下。質の高いメンテナンスの不足
・航空機の酷使、消耗と老朽化が激しい
・志願制とは言えないほどの過酷な任務:帰省休暇短縮、繰り返される再配置、任務期間延長。重圧、不満
・召集された予備兵や州兵は志願でない。州兵までが国外に送られたため、国内で何かあった場合の応答が遅くなる
・イラク戦争の目的が安い石油の確保だとしたら、それは潰えた。戦争による原油高でアメリカの石油会社は儲けた
・現在のアメリカは滅亡直前のローマ帝国と驚くほど似ている
・戦争による先行き不透明感、中東の混乱、原油高騰などがアメリカ企業株の伸びを抑えている
・イラク復興のために各国が膨大な債権放棄を迫られた
・イラク戦争は民主主義に泥を塗った
・政権の軍事的冒険に歯止めをかけられるのはアメリカの有権者だけ
・アメリカ軍が撤退してもイラク国内の混乱は不可避
・アメリカが内向きになることこそが、最も悲劇的なコスト。世界の警察官からアメリカが降りた瞬間から世界の危険度は高まる。
・アメリカ新大統領が撤退を命じ、撤退後に混乱が起こればその責任を問われる。政権のエネルギーを奪う
・アメリカが支援するイラク新政府も傀儡と見られ、国民の支持を得られていない。
・イラク戦争は国際法違反の侵略行為。アメリカは国連を無視

-目次-
序 アメリカ経済を弱体化させた戦争という巨大ビジネス
第1章 ブッシュは三兆ドルをどぶに捨てた
第2章 二つのシナリオで予測するアメリカの暗い未来 ―国家予算にかかる戦争のコスト
第3章 兵士たちの犠牲と医療にかかる真のコスト
第4章 社会にのしかかる戦争のコスト
第5章 原油高によって痛めつけられるアメリカ ―イラク戦争のマクロ経済的影響
第6章 グローバル経済への衝撃
第7章 泥沼からの脱出戦略
第8章 アメリカの過ちから学ぶ ―未来のための一八の改革案