読書メモ

・「織田信長 破壊と創造
(童門 冬二 :著、日経ビジネス人文庫 \838) : 2007.07.15

内容と感想:
 
雑誌「日経ビジネス」で連載された小説をまとめた本の文庫版である。 ビジネス誌での連載ということもあり、舞台は戦国時代ではあるが、 信長が現代ビジネスにも通じる考え方を持っていたことや、当時の政治・経済状況にも踏み込んだ内容になっている。 形式は小説ではあるが組織論など、ビジネスを意識して書かれている。 信長の一生を描いた歴史小説であると同時に、彼の経済政策やリーダーシップを現代感覚で分析している。
 光秀が本能寺の変を起こす原因となった何らかの感情はわずかな期間に芽生え、爆発的に膨らんだ。信長は彼を短期間に追い詰めた、 と著者は考える。 信長が「王道から外れた暴君」であるとし、それを武力で誅することは反逆ではない、と光秀は考えた。王道政治を実現したかったのだと。 天下統一を目前にして、権力が織田一族へ世襲されることが明らかとなり、光秀はそれが不満だったし、落胆もした。 信長も人並みの人物であったと。 信長の後継者を自負していたかどうかは不明だが(光秀のほうが年上だが)、使い捨てにされるという危機感もあっただろう。 では光秀自身は「信長後」をどうイメージしていたのだろうか?
 本書でも書かれているように、信長の人生を見ると、何度も「もはやこれまで」と覚悟するような危機的な場面があった。 それでも信玄、謙信の死といった幸運もあり、包囲網を各個撃破して、少しずつ版図を広げていった。 彼はどんなときも決して諦めなかった、落ち込まなかった。そこが他の誰とも違う覇者の精神力ともいうべきものだろう。 企業の創業者にも通じる。
 「信長が神になろうとした」という説があるが、著者は「シニカルな死生観の持ち主である信長が神になろうとしたとは考えにくい」と言う。
 また、著者に言わせれば天正5年(1577年)から翌年にかけての信長の精神状態は「疑心暗鬼」だったようだ。 噂話や風聞が聞こえてくると、「灰色でも黒と思い込む精神状態に追い込まれていた」と。 それが荒木村重の謀反を引き起こした。年毎の信長の精神状態を追ってみるのも心理学の研究として面白いかも知れない。
 また、領土が広がっていくに従って、組織も肥大化。天下統一も完成していないのに、部下同士の足の引っ張り合いも始まった。 秀吉の出世ぶりを妬む重臣たちもいた。信長に追放される重臣すらいた。そういう状況で本能寺の変は起きた。

○印象的な言葉
・「考える部下」を養う。日頃の用意周到な準備と問題意識。経営感覚
・浪人や行商人などの流動者、「移動する情報媒体」から同時代人のニーズを知った。マーケティング
・戦国時代のニーズで最も切実だったのは「一日も早く、この国を平和に」
・一所懸命の思想の弊害:仕事や職場にしがみつく精神を生み、改革を嫌がる
・安定を得たがる部下に対して、不安定感を与えることで緊張と新事業への意欲を掻き立てた
・光秀も秀吉も流動者。長い放浪生活で現実を見る目は養われていた
・信長の事業のほとんどはプロジェクトチーム制で成し遂げられた。組織にも流動性を持たせる
・新たな科学知識を吸収するのに熱心。未知なるものを貪欲に吸収しようとする柔軟性
・安土・桃山文化:衣食住にわたって一挙に文化程度が高まった。文化という付加価値が重んじられた。内需だけで経済が高度成長した
・恒久性を持たない一過性の人材活用。家臣団は流動性のある人事プール
・秀吉は状況に即応する才能は一番。信長の志を一番早く理解した
・光秀や細川藤孝は「天下を視野に収める」という生き方を続けてきた。
・武井夕庵:右筆であり、ブレーン、軍師でもあった
・越前一乗谷は居館都市。サロンのような役割も果たした文化都市。
・合戦が個人の刀技や槍技ではなく、組織力によって決するようになる
・柴田勝家や前田利家、佐々成政らに越前や北陸方面の支配を命じたのは一種の左遷人事
・かぶく(傾く):世の中に対し、斜めに構えて秩序から逸脱する
・ばさら:法に背く
・本来なら信長が最も力を入れた安土城天主はもっと早く完成してもよかった
・設楽ヶ原では鉄砲の三段構えでスピード化を実現したが、本願寺一揆勢は射手と弾込めを分業することで実現した
・「信長公記」の太田牛一の正確な観察と情勢分析
・多士済々といわれる配下の武将たちも大国・毛利を攻めるにはどれも心許なかった
・信長が項羽、兎だとすれば、家康は劉邦、亀
・信長が家康が自力で武田家を滅ぼし、領土を自分のものにすることを恐れていた
・信忠より家康の息子・信康の器量が優れていることを恐れていた
・信長は部下を恐怖で統御し、秀吉は褒美と励ましで動かし、家康は相互の不信感を利用
・光秀と秀吉の話を聞けば、この国の上層と下層の状況を知ることができた

-目次-
第一章 情報戦
第二章 破 壊
第三章 創 造
第四章 包囲網
第五章 天 魔
第六章 安 土
第七章 銃 創
第八章 疑 心
第九章 光 芒
第十章 夢 幻