読書メモ

・「偽書『武功夜話』の研究
(藤本 正行、鈴木 眞哉:著、洋泉社 \780) : 2007.06.20

内容と感想:
 
「武功夜話」という名前は戦国時代を舞台にした歴史小説の参考資料として取り上げられて見知っていたが、 それだけに本書のタイトルはなかなかショッキングなものであった。 武功夜話というのはWebで検索すればより詳細な情報が得られるが、要は台風で旧家の土蔵から発見された古文書を もとに出版された書物を指す。
 本書はその武功夜話が”偽書”の疑いが強いとして、それを検証した本である。 既に本書が出る前からも”偽書”とする意見もあったようだ。 本書のような本が出るのも武功夜話が注目されるだけの内容を持つということだが、 注目される理由としては、その発見のされ方の劇的さもあるが、信長や秀吉といった歴史上の有名人が登場し、 有名な事件が次々に展開されるという読み物としての面白さもあったようだ。 それを一部のマスコミや歴史家、作家などが「一級史料」として取り上げるうちに、 ますます史料としての価値が上がっていく。
 著者は一史料の真偽を問うということを超えて、そうした現象が起きた背景にも思いを馳せている。 そもそも武功夜話は発見された「前野文書」の原文をそのまま出版したわけではなく、 文書を発見した家の人間が現代語訳して出版したということになっている。 一部の研究家によって実物を検証されたこともあったようだが、原文も公開されていないし、実は全貌は明らかではないのである。
 武功夜話そのものが意図して物語性を高めて書き換えられている(創作の)可能性もある。 武功夜話が著者の意図に反して(出版社の意向で)史料として出版されたのかどうかは 分からないが、武功夜話の著者としては何か偽書論議にはコメント(反論)しているのだろうか? そのあたりのことはここには特に書かれていない。
 しかし、著者は武功夜話を完全に否定しているわけではなく、「貴重な成果が得られることも期待している」とも書いている。 ただ、こうした文書を鵜呑みにしてはならず、慎重に扱うことの大切さ・姿勢を本書は問うている。 この類いの文書はいくらでもあるようで、特殊な存在ではないらしい。創作が加わることもありがちだと言う。

○印象的な言葉
・主人公は前野小右衛門長康
・たいていの話には聞き書きや書物の名前を挙げて、話の典拠が示されているが、信憑性を持たせるためか信用ならないものもある
・史料価値、内容の信憑性に関する議論が行なわれなかった
・文体や用語が戦国時代の史料には見られないものが多い(近代的な言葉)
・戦国時代の人間の価値観とはかけ離れているものがある
・歴史的事実と合わない記述も多い
・同じ文書の中でも別の所の記述に相違がある
・良質な史料にはない出来事の記述も多い。他の史料との矛盾もある
・様々なことが生駒屋敷を中心に展開している
・まるで見てきたかのように会話によって物事が進行する場面が多い。台詞が多い。他の史料にはない心理描写や情景描写が多い
・前野文書は「貸し出しお断り」
・墨俣一夜城伝説で有名な「築城資料」も前野文書の一部。かなり程度の低い偽作
・信長は武力を背景とした外交戦を展開し、その外交戦の勝利にあわせて兵を動かすことを得策としていた
・戦線を広げすぎた信長が常に敵を圧倒する軍勢を投入し続けることは不可能
・江戸時代に家格を保持するなどの動機で作られた偽文書は多い(家譜、系図など)
・「信長公記」は研究者の精査も受け、多くの批判にも晒された上で史料価値を認められている
・一向一揆を江戸時代の百姓一揆と同じに見るのは誤り
・主人公・長康の最期に関する記述も疑問が多い

-目次-
序 戦国文書『武功夜話』とはどんな史料なのか?
偽書研究(1) 「武功夜話」はどのようにして作られたのか?
偽書研究(2) 一級史料『信長公記』と偽書『武功夜話』を比較する
偽書研究(3) 捏造された秀吉の出世譚「墨俣一夜城」
偽書研究(4) 偽書を喧伝したマスコミ、有名作家、研究者の責任
偽書研究(5) 『武功夜話』がねじ曲げた戦国合戦史