読書メモ

・「フラット化する世界 〜経済の大転換と人間の未来(上)
(トーマス・フリードマン :著, 伏見 威蕃 :訳、日本経済新聞社 \1,900) : 2007.11.03

内容と感想:
 
グローバリゼーションが急速に進んでいる。海外の国々が近くなったように、海外の人々が身近に感じられるようになってきた。 これは世界が小さくなったと錯覚させる。それだけではない。今やインターネットなど通信テクノロジーの発達により世界は大きな転換期に入っている。 著者は国家や企業、個人がみな同じ競技場で競争させられる時代になったことを「世界のフラット化」と本書で称している。 「世界のフラット化は地球上の知識中枢をすべて接続して、企業・コミュニティ・個人による繁栄、革新、共同作業の素晴らしい時代の到来を招くかもしれない」と著者は言う。 しかし全編、そういう明るい基調で書かれているわけではない。陰の部分もあることを知る必要がある。
 著者にはグローバリゼーションをテーマに記した「レクサスとオリーブの木」という本がある。 本書ではそのグローバリゼーションの変遷をを最近流行の「Web2.0」をもじってか、次のように表現している。 まず最初の「グローバリゼーション1.0」は国家と腕力の時代だった。世界のサイズをLからMに縮めた、と。 コロンブスなどのような人が国の力を利用して海外へ乗り出して行った時代である。 「2.0」の原動力は多国籍企業であった。輸送コストの軽減、通信コストの軽減が世界を更にMからSへ縮めた、という。 こちらは会社の力を利用して海外へ出て行った時代である。 現在は新たな時代「3.0」だ。インターネットの普及もあり、個人がグローバルに力を合わせ、または競争を繰り広げる力を得た。 その力が原動力になっている。個人が自らの力で単独で(仮想的に)世界に出て行く時代になった。
 ここに至って、世界の企業、個人が競争に参加する競技場が平坦に均されたのだ。競争だけではなく協力もできる。共同作業により双方にメリットがある。 このフラット化がもたらした世界の大変化は従来の変化よりも速度と範囲が桁外れだという。 国家も企業も個人もこの変化に呑み込まれて、置き去りにされないように変化を吸収していかねばならなくなる。 本書はそんなフラット化した世界がどのようにして生まれたのかを取材し、そんな世界で我々はどう対応していけばよいか示唆を与えてくれる。
 第2章では世界をフラット化した10の要因を挙げている。 それら1つ1つは政治的な事件、イノベーション、一企業などだが、それらの要素の集束によって世界はフラット化されたのだと。 それらの話のほとんどは聞いたことがあるものばかりではあったが、 その中でも一番印象的だったのは「要因8」のUPSの話。単なる運送会社からフラット化された世界の土台(プラットフォーム)を支えるようなビジネスに進化している。 日本のある大手運送会社も真似していると聞く。
 グローバリゼーションにより先進国は工業生産の拠点をよりコストの低い発展途上国に移した。 イタリアのアパレル産業では生産は低コストの地域に移ってしまったが、デザインやグローバルな生産網の調整などの業務に人的資源をシフトしたという。 つまり著者が「バニラ・アイスクリーム」と喩える、フラットな世界のどこでも製造できるベーシック商品は国内で生産する必要がなくなり、 先進国の国内の労働者は仕事を失うことになった。 アウトソーシングによって仕事がなくなった人間と資本を全く違う高度な仕事に振り向ける必要が出てきた。 そのためには彼らにフラットな世界の新しい仕事を勝ち取る競争力を身につけるための教育が必要になる。 市場が大きく複雑なので技量を高く保っていれば、まっとうな賃金をもらえる新しい知的職業がきっと出現するはず、と著者は言う。
 完全なフラット化効果が実感できるには、このフラットな競技場を利用できるようなマネージャ、革新者、コンサルタント、ビジネススクール、設計士、ITスペシャリスト、 経営者、労働者が大量に出現する必要がある、とも言っている。 人々がそういう仕事にどんどん移行できるような教育や支援が必要になる。国や経営者はそれらを主導していかねばならないし、個人も絶えず学び続ける必要がある。 グローバリゼーションが格差を拡大させていると言われるが、「フラット化する世界」は人々の所得までフラット(平等)にはしない。 格差はあってもある程度の生活を営めるだけの所得を得られる技能を身につけ、絶えずブラッシュアップしていかないと苦しいだろう。
 「世界はフラット化すると同時に上昇している」と世界の人々の全体的な生活水準の向上をもたらしているというのも興味深い。
 日本が少子高齢化社会に入り高成長が望めなくなったと同時に、中国やインドなどの新興国の台頭がより私たちを不安にさせている。 アウトソーシングにより仕事がなくなったアメリカ人労働者たちが経験しているように、日本人もどんどん仕事を他国に奪われるだろう。 本書の中でインタビューである人が応えているように「不安はあるが進んで変化し、探求し、もっと得意なことはないか探す」という姿勢がこれからは求められる。 不安に襲われて立ち止まっているわけにはいかないのだ。
 本書は「世界」を話題にしているが、テクノロジーの進化は何も世界だけでなく、(スケールは小さいが)日本国内も狭くしている。 世界のプレーヤーが集まる競技場に乗り込むのもよいが、市場(商圏)が広がるという意味では国内だけでもプレーできる分野もあるだろう。 コラボレーションが流行語になっているようだが、日本語しか出来なくてもネットによる共同作業によりメリットが得られる場合もあるはずだ。

○印象的な言葉
・インドはアメリカその他工業国家のサービスとIT分野の海外アウトソーシングにとって重要な供給源
・ITバブル時代にテクノロジー(ブロードバンド環境や海底ケーブルなど)への莫大な投資が行なわれたおかげで 知識労働や知識資本をどこへでも配達できる土台ができあがった
・アウトソーシングによりアメリカに残る仕事:顧客との人間関係の管理など、複雑で創造的な戦略の構築に焦点を絞る。 顧客との話し合いに時間を有意義に使う。重大な決断や経験が必要な部分を担う。
・デジタル化できるものは全てアウトソーシングできる
・サービスは一ヵ所で生産されて消費される。サービスは輸出できないが、予約などのサービスの一翼をアウトソーシング(コールセンター)は担うことができる
・ロイター通信:肝心なのは(情報提供の)速さと正確さ。そこに分析はほとんど必要ない。 付加価値を加える知的作業には高度なジャーナリストの技量が必要。
・アウトソーシングしてもらう側のメリット:(出稼ぎしなくてすみ)家族や友人、慣れた食事や文化と離れる必要がない
・中国のバンガロール:大連。ソフトウエア企業団地が集中。
・ホームソーシング:自宅でする予約受付などの仕事。幼い子供を持つ母親が家にいてお金を稼げる。
・New New Thing:先の先を行くアイデア
・アメリカ軍のヒエラルキーのフラット化:ITの発達で下級将校や下士官が大量の情報を知る立場になり、それに決断を下す能力をもつようになった
・ジャーナリズムの主流が偏向し、不完全で、ご都合主義で、情報収集能力に欠けているのが不満
・ブログは第五の権力:ジャーナリズムや時評にとっての二軍として機能。(個人が)意見をいう場が持て、マスコミを監視し、生の情報も提供。
・共産主義は人を平等に貧乏にした。資本主義は人を不平等に金持ちにする
・ベルリンの壁崩壊がインド、ブラジル、中国、旧ソ連の何十億という人々に抑えられていたエネルギーを放出させた。自由の爆発。 人々が互いのことをずっとよく知るようになった。共通の基準を採用する道が整備された。 その壁が世界を一つの市場、エコシステム、コミュニティと考える能力を奪っていた。
・使用者が増えれば増えるほど相互に連結されるのを望む人が増えて、それがコンテンツやアプリやツールを作る刺激になる。 勢いがつくと飛躍的な進歩が始まって止まらなくなる。
・ITバブルはインターネット産業に新たな資本を惹き付けた。イノベーションを加速させた。ゴールドラッシュ。Netscape社のIPOが刺激となった。
・オープンソース・コミュニティはだいたいにおいてインフラに焦点を絞っている
・問題解決に世界最高のエンジニアを募ることができれば通常手に入らないような数千人もの知恵を借りることができる
・コミュニティの力による新しい政治モデル:市民すべてがオンブズマンになる。生活に影響を及ぼすような決定に市民が関わる。
・ITバブル崩壊でインドはアメリカと結ぶ海底光ファイバーケーブルを手に入れ、ただ同然の費用で使えるようになった
・アメリカでは医療が最も訴訟問題の起きやすい産業
・幸運は心構えのできな人に味方する
・デルは客がいないのにコンピュータを作ることはしない
・UPSのインソーシング:顧客企業のグローバルなサプライチェーンを代行してくれる。小物(小企業)でもでかいことができる。
・共同作業を「デジタル、モバイル、バーチャル、パーソナル」なやり方で行なうのを可能にするテクノロジー
・互いを補う品物の同時改善の原則
・水平に協力・管理するにはトップダウン方式とは異なるスキルが必要
・部品その他の必需品を最も安い価格で調達するための逆オークション(競り下げる)
・付加価値を生み出すための垂直な指揮(Command)&統制(Control)から、バリューが自然と生まれる水平な接続(Connect)&共同作業(Collaborate)
・社会の急速な変化に解放感を味わう人もいれば、方向感覚を失う人もいる。社会は不安定になり、ストレスになる
・HP:従業員と顧客の大部分はアメリカ人ではない。一つの国家に縛られた企業体として生き残ることはできない
・すぐに真似できないものは何もない
・今より開かれた生産的な世界経済が生まれれば、長期的に全体の賃金は上昇する
・知識労働者の場合、市場が広ければ広いほど製品を買う人間が増える。新しい専門分野や隙間市場も多く生まれる
・知識によって生まれる仕事に上限はない
・今日欲求に見えるものは明日の需要になり、パイは大きくなり続ける。人間の欲求とニーズは無限
・(半導体)チップがあるアプリに対応できるようになると更にパワフルで複雑なチップを要求する新たなアプリが出現する。

-目次-
第1部 世界はいかにフラット化したか
 第1章 われわれが眠っているあいだに
 第2章 世界をフラット化した一〇の力
 第3章 三重の集束
 第4章 大規模な整理
第2部 アメリカとフラット化する世界
 第5章 アメリカと自由貿易 ―リカードはいまも正しいか?