読書メモ

・「労働ダンピング ―雇用の多様化の果てに
(中野 麻美 :著、岩波新書 \780) : 2007.06.13

内容と感想:
 
著者は弁護士で、NPO派遣労働ネットワークの理事長も務めておられる。
 近年、雇用形態が多様化して、女性を中心として派遣やパートなど非正規労働と呼ばれる形態で働く人が増えている。 2004年に非正規雇用は女性の半数を超えているそうだ。 本書はタイトルからしてショッキングなものであるが、一サラリーマンとして現在の日本の雇用状況を肌で感じる身としては さもありなんと言った感じで、日本も来るところまで来てしまったのだと寂しさとも悲しさとも言えぬ気持ちになった。 その実態を知りたいと思い、本書を手にした。
 私の職場でも派遣会社から派遣契約で協力していただいている方が大勢いる。 今や女性に限らず若者を中心として男性にも非正規雇用化が広がってきていることを実感する。 2004年の数字では24才以下の男性の4割が非正規雇用だそうだ。 いずれ正規雇用のほうが少数派になっていくのだろうか。
 このように職場を厳しく変えてきた要因はグローバル化、規制緩和である。 1986年には労働者派遣法が制定され、労働基準法の緩和もあり、正規雇用から非正規雇用への切り替えが始まった。 合法的に「労働が商品化」され、商品のように買い叩かれるようになった。 その状況を本書のタイトルは表している。
 経営者など財界主導とは言え、それによる格差や低賃金不安定雇用を容認する社会に日本はなったということだ。 ダンピング以上に、人を商品のように取引することは働く人の人権を無視することもつながり問題だ。そこが本書のテーマだ。 著者はNPOの活動などを通じて、様々な労働者の声を聞き、この問題に取り組んできた。
 コスト削減を迫られ、安くて使い捨ての労働への切り替えで競争に生き残ろうとする経営者。格差問題の責任はそうした経営者にもある。 更には非正規社員との競争にも晒される正社員。リストラで若手の正社員の負荷が上がり、長時間労働も拡大している。 正社員と言えども安定した雇用が望めなくなっている。鬱になったり、健康が蝕まれている人も増えているという。非婚、出産拒否も増えている。 低賃金のためいくら働いても自立して生活していけない世帯も増え、過酷な労働条件のもとで健康も害する。 そんな社会、企業が長持ちするわけがない。当面の利益は上がるかも知れない。長期的には疲弊し衰退していくだろう。 貧困と暴力が蔓延し、社会不安を招くだけだ。 社会保障制度を支える労働者が保護されていなければ、年金制度も維持していけないだろう。 活力を失い、元気のない日本はますます元気をなくすだけだ。
 企業にしがみついていられなくなる時代。専門能力を持つ者同士が連携して対抗していくしかないのだろうか? ダンピングに晒されて社会的弱者となっていく非正規労働者をどうやって支えていくか。 著者も言うように、個人が学習意欲、人間としての基礎的・普遍的な力、生活を設計する能力を培う環境作りが必要だ。 職業訓練や、やり直しができる柔軟な社会システム作りがセイフティネットとなる。 国も企業ももう少し長期的な視点で考えないと、その場しのぎの対策ではいずれ立ち行かなくなる。
 また、正規雇用で働く者は雇用問題を自分自身の問題として捉え、自分らに配分されてきた原資を非正規雇用労働者へ再配分する覚悟も必要かも知れない。 著者の言葉を借りれば、手をつなぎ、連帯の輪を築き、その輪を消費者へも広げていくことで、多様化・流動化した雇用でバラバラにされた人々が「和」を取り戻すことが 出来るのではないか。そうしてグローバル化した世界の中で、右肩上がりの成長が見込めなくなった日本人が真の豊かさを実感できるようになったとき、 日本は復活した、あるいは成熟したと言える。

○印象的な言葉
・正社員も成果主義、能力主義により振り分けられ二極化
・賃金・残業手当不払い、最低賃金違反、偽装請負、雇用保険・社会保険未加入
・ノルマ、成果主義賃金で請負化する正規雇用
・個人の力だけで働き方をコントロールできるほど現実は甘くない
・労働組合は頼りにならない、評価されるように努力する自分しか信じられない・頼りにならない
・働き手が競争に対して無防備な状態
・生活保護給付を受ける世帯が急増中
・アメリカでは低賃金不安定雇用が労働者全体の3割強
・一人の人間として尊重され、職業上の発展を得られる
・非正規雇用の導入により、ノウハウの蓄積や伝承、人員管理の面で負担を高め、非効率になっている
・営業秘密やノウハウの外部流出による損失
・会社に貢献している分だけ大切にされれば喜んで働くのに・・
・仕事を通して収入、教育訓練の機会、情報、社会的関係を確保していく。独り立ちした自信。社会とのつながりを自覚
・仕事は生活の基盤であるとともに、人間としての発展の必要条件
・基本的人権、幸福追求権、平等権
・裁量労働のホワイトカラーは労働負荷が質的・量的に可視化されやすい労働以上に危険がある
・自分自身を更新するために必要な時間が、収入労働のために制約され、奪われている
・割増賃金(残業代)は働き手の生活の自由と自己決定権を侵害して働かせた使用者に対する経済的制裁
・ワークシェアリング(オランダ・モデル):賃金抑制、税金や保険料負担もダウン。均等待遇の保障。世帯収入の向上で消費が上向き、経済が活性化。 失業問題を改善。女性や高齢者の労働参加を促した。
・ハードな働き方のできる人だけが生き残れるようなやり方では社会は行き詰る
・貧困化が社会を分断していく
・リビング・ウェッジ(生活賃金)条例:自治体との契約では賃金水準などが条件とされる
・グローバル化の利益に与っていない人が多すぎる。市場原理主義への疑問
・仕事と余暇を両立させたいと言うニーズに応えられる働き方を保障することが優秀な人材確保の条件

-目次-
第1章 いま何が起きているのか
第2章 ダンピングの構造
第3章 労働は商品ではない
第4章 隠された差別を可視化する
第5章 現実の壁に向かって