読書メモ

・「信長は謀略で殺されたのか ―本能寺の変・謀略説を嗤う
(鈴木 眞哉, 藤本 正行:著、洋泉社 \780) : 2007.07.07

内容と感想:
 
本能寺の変についてはこれまで数々の本を読んできた。この歴史的事件を知った当初は光秀の単独犯行だったと思う。 きっとまだ子供の頃だったからNHKの大河ドラマか何かの影響だろう。 それが近年、事件の背後に黒幕がいたとする謀略説と言えるものが増殖し、様々な説を唱える人がいる。 歴史小説などでもいろんな見解があって、それはそれで面白く歴史好きとしては、想像を膨らませて楽しめる状況にあった。 次から次へと奇説が出てくれば歴史好きは注目し、本も売れることであろう。そういったリピーターたちが市場を支えているとも言える。 商業主義的過ぎてけしからん、という人もいるだろうが、「あとがき」にもあるように、 「多くの日本人にとって、時代小説と歴史研究は未分化な状態」であるから奇説・珍説も消費され、いずれ飽きられる。 本書はそんな状況に冷や水を浴びせるような、ロマンも何もあったものでもない内容であるが、 浮かれた我々に真実を求める姿勢を問う本である。決してベストセラーになるような本ではない。
 日本人の謀略話好きが背景にある、となかなか厳しい。「謀略史観」とも呼んでいる。 謀略説が増殖する状況を異常と考えた著者らは、そういう状況が放置されていることに問題意識を持ち、変の実態を再検討することを始めた。 この事件は意外なほど明らかにされていないことが多い。それだけに様々な説を生んでいるとも言える。
 著者らは謀略説が成立するものかどうかをチェックした。 チェックポイントとしては、実証性(論拠となる史料があるか、それは信頼できるか、正しく解釈されているか)、 論理的整合性、常識的に見て納得できるか、当時の社会のあり方や人々の価値観に照らして妥当か、などを挙げている。 変については多くの著述があり、研究しつくされたように考えられているが、本能寺での戦いの展開や、 それを実行するまでの光秀の行動など肝心な部分が明らかでないのである。
 プロローグで天下統一を目前にして「信長は息子達への財産分与(領国)の件で頭を悩ませており、周囲を一門衆で固めようとも考えていた。 その限りでは月並みな戦国大名の発想しか持ち合わせていなかった」と書かれているが、 光秀に謀反を決意させる何か決定的な出来事があったはずだと考えると、案外そういうことに対して光秀は不満が募っていたのではないかとも考えられる。
 第四章では重要なことを言っている。謀反の実行部隊である重臣を説得することが非常に重要だったという点。 重臣たちが同意したのも謀反の動機となる共通の予備知識や問題意識があったのかも知れない。
 第八章ではもし黒幕が謀略を光秀に持ちかけたとしたら、「信長に疑われて迷惑する」とも書いている。 これも想像になるが、ある本では変の当時、中国路から光秀謀反の風聞が信長の耳にも入っていたと書かれていた。 もしそれが事実だとすれば実際、光秀は迷惑していただろうし、最初は信長も彼を信頼してかばってくれていた。 しかしだんだん世間にも噂が広がるようになって、信長も放置できなくなり、四国攻めの大将からも外したのかも知れない。 閑職に追いやられ、将来への不安が切実な問題となってきたと考えれば十分に動機になる。信長と同じ考え方が出来ると 自負のあった光秀なら、主君・信長に取って代われるとの自信もあったろう。
 著者らは検証を終えて、いずれの謀略説も説得力に欠けるものと断じている。 また光秀の事前工作の不手際が目立つとしている。それは単独犯行の証拠に他ならないと。 次は謀略説を唱える側の反論を聞きたいところである。

○印象的な言葉
・謀反、裏切り、暗殺など日常茶飯事の戦国時代
・信長の評価:頼山陽「超世の才」、新井白石「凶逆の人」、徳富蘇峰「近世日本の先登者」
・謀略にこじつけてしまえば、どんな難問も解決できてしまう。秘中の秘だから史料が残っていないと説明責任も回避できてしまう
・光秀の謀反を知った信長が自ら武器を手に戦ったのはあくまでも生き延びるため。決して諦めてはいなかった
・同時に息子・信忠も襲えたはずなのに、それが遅れた理由は光秀が信忠の居所を把握していなかったから?
・単に信長を殺したいだけなら刺し違えるだけでいい。しかしクーデターという大規模な行動を取った
・有名な「ときは今・・」の句は謀反の決意表明とする説があるが、そう読めぬこともないといった程度。連歌興行は一種の願掛けで不思議はない。
・二人の重臣が率いる先手の人数だけで襲撃には十分であった。光秀自身は後方の本隊にいたはず
・変の直後、光秀は味方を増やし、敵対者を牽制するために努力している
・光秀は十分な成算があって行動を起こした。何の見通しもないまま、闇雲に立ち上がったわけではない
・極めて特異な環境とも言える絶好の機会は光秀自身が作ったものでも、彼以外の誰かが作ったものでもない
・光秀は合理主義者でもあったから信長ともウマが合って、重用された
・黒幕とされる人物、集団は事件の前後に光秀の役に立つことをした者が誰一人としていない
・史料的には鉄甲船の存在自体も疑わしい
・信長に敵対していた頃の本願寺の主戦力は雑賀衆
・黒幕たちがどのように光秀と接触したか、その機密漏洩防止策は?

-目次-
プロローグ 「謀略説」はなぜ流行るのか?
第1部 本能寺の変は「謀略事件」だったのか?
 第一章 良質史料で描く「信長の最期」
 第二章 謀反の成否を分けた光秀の「機密保持」
 第三章 事件前後の光秀の動向
 第四章 本能寺の変はなぜ起きたのか?
第2部 さまざまな「謀略説」を検証する
 第五章 裏付けのない「足利義昭黒幕説」
 第六章 雄大にして空疎な「イエズス会黒幕説」
 第七章 誰でも「黒幕」にできる謀略説の数々
 第八章 謀略説に共通する五つの特徴
エピローグ 順逆史観から謀略史観へ