朝ごはん | |
「朝ごはんを作ってくれないかな」 誕生日のお祝いに何かしてあげたいんですけど、と言った乱太郎に、利吉はそう言ったのだった。 そう言えば、お泊りした日は何時もお昼近くまで寝てしまっていて、乱太郎が起きると、利吉はダイニングで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたりする。そうして、遅いおはようの後に、利吉が手早くオムレツやサラダ、蜂蜜とバターを添えた巻きパンなどの朝食を調えてくれるのだ。家では何時もお味噌汁とご飯、納豆や漬物などの和食で、パンなんて滅多に食べない。だから、利吉の作ってくれる朝食は、乱太郎には珍しくて美味しい楽しみの一つだった。 それに、利吉は料理も家事もとても上手なので、そう言われた時は意外な気がした。けれど、 「ずっと一人暮らしだからね。好きな人に朝ごはんを作ってもらうのが夢だったんだ」 と、照れくさそうに言われて、乱太郎の方が赤くなってしまった。大人の利吉に、『好きな人』と言われるのが嬉しくて、恥ずかしいのだ。 「あの、きっと、あんまり上手く出来ないですけど…、」 「乱太郎が作ってくれる朝ごはんが良いんだよ」 お料理は母親の手伝いでするけど、一人でご飯を作った事なんてなかった。だから、少し不安だったけれど、乱太郎はこっくりと頷いた。 その週末の日曜日の朝、乱太郎は利吉を起こさないようにと、目覚ましのコール一回で止めた。それから、あまりの寝心地の良さについつい二度寝してしまう利吉のベッドを出た。 ダイニングには、ご飯の炊けた匂いが漂っていた。昨夜のうちにタイマーをセットしておいたのだ。それから大きな冷蔵庫を開けて、乱太郎は思わず声を上げた。 「わー、なんか一杯入ってる」 自分の家の冷蔵庫なんて、開いている場所の方が多いのだ。それを掻き回して、自分の手に負えそうな物を選ぶ。 「ん。これで良いかな」 ダイニングのテーブルに材料を出して、乱太郎は頷いた。利吉のために作ると言うだけで、ドキドキして楽しい。それは今まで感じたことの無い感覚で。乱太郎は幸せな気分で朝食の仕度に掛かった。 準備が整うと乱太郎は利吉を起こしに行った。そっとベッドに近寄って、眠っている利吉の顔を覗き込む。滅多に見ない利吉の寝顔は、なんだが可愛いような気がして嬉しい。そっと肩に触れて声を掛けた。 「利吉さん、起きてください。ご飯出来ましたよ」 「うん、お早う」 すぐに目を開けた利吉は乱太郎が恥ずかしくなってしまうほど、甘く笑った。 乱太郎の手に引かれてダイニングに行った利吉は、思わず滲んだ涙を抑えた。 「座って下さい」 という乱太郎に、顔を洗って居ないから、なんて言える筈も無く利吉は椅子に座った。二人用の小さなテーブルの上には、お結び、玉子焼き、鯵の開き、大根の浅漬けが並んでいた。 「凄いご馳走だね」 そういう利吉に乱太郎は赤くなった。 「えと、利吉さんとこの冷蔵庫、一杯入ってたから贅沢しちゃった。いけなかったですか?」 「いや、嬉しいよ」 そう答えながら、利吉は一昨日無理矢理定時で上がってスーパーに行って良かった、としみじみと思っていた。 「あのね、ごま塩のは梅干で、俵が鮭でね、三角が昆布でね、丸いのがおかかなの。」 乱太郎はそう説明してくれたけれど、どれが丸でどれが三角なのかは利吉には分からなかった。けれど、そんな事は些細な事だった。何しろ、乱太郎が作ってくれた朝ごはんなのだから。 「じゃあ、早速頂こうか」 という利吉の言葉に、乱太郎は嬉しそうに頷いて。 「あのね、お味噌汁はワカメとお豆腐なんですよ」 と言って、コンロの所に置いた椅子に上がって、味噌汁をよそってくれた。その小さな背中に利吉はしみじみとした幸せを噛み締めていた。 「さ、どうぞ」 と言われて食べたお結びは少ししょっぱくて、大根の浅漬けはただの塩もみのままだったけれど。でも、玉子焼きは醤油の味がしてほんのりと甘くて、鯵の開きは頃合いに焼けていた。それは利吉がずっと憧れていたものそのもので。 「うん、美味しいよ」 「よかったぁ」 頷いた利吉に、乱太郎がぱぁっと顔を輝かせた。暫らくは美味しそうに食べていた利吉が、不意に箸をおいて言った。 「ねえ、乱太郎」 「あの、殻、入ってましたか?」 先刻利吉が玉子焼きを食べていたので乱太郎は恐る恐る聞いたが、利吉は首を振った。 「結婚して欲しいんだ」 「えっ?」 利吉の言葉に乱太郎がきょとんと聞き返した。利吉は慌てて言い添えた。 「あ、今すぐって訳じゃないんだ。乱太郎はまだ若いんだしね。ただ、そういう事も考えていて欲しいってだけで…」 突然の言葉だったけれど、それがすごく嬉しい事なのだと言う事は乱太郎にも何となくは理解できて。 「私、利吉さんだったら…」 そう、答えていた。利吉も一瞬きょとんと乱太郎を見詰めて。次の瞬間には二人で笑っていた。 「好きだよ、乱太郎。私は毎日、乱太郎の朝ごはんが食べたいよ」 「私も毎日利吉さんに朝ごはん作ってあげたいです」 一瞬の間の後、テーブル越しの軽いキスをされて。 「ご飯も乱太郎もすごく美味しいよ」 といった利吉の言葉に、乱太郎は真っ赤になって俯いたのだった。 終 |
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TEXT:利太郎様 【利】 ←玉 |