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二人が寮に戻ったのは、夜も遅くなってからの事だった。寮の台所で粥を炊く仕度をしてから、乱太郎を部屋へ送る。しんべヱは疾うに眠っていたが、きり丸はまだ起きていた。なにやら内職をしていたようだ。 「お帰り」 何を聞くことも無く当たり前の様にそう言って、きり丸は笑った。 「利吉さん、あっち使ったら?」 「良いのかな」 「オレ的にはそのほうが良いと思うし、有り難いですよ」 きり丸の言葉に、利吉は苦笑し、乱太郎は赤くなった。あっち、とは寮の空き部屋の事だ。この部屋を三人で使っているので、本当なら塞がっている筈の部屋が空いているのだ。 「オレ、布団運びますから」 乱太郎を抱き上げたままの利吉にそう言って、きり丸は延べてあった布団をくるくると巻いて持ち上げると、さっさと隣の部屋へと移動する。そうして、布団を敷いてしまうと、 「良かったな」 と、乱太郎に声を掛けて出て行ってしまった。二人は赤くなって顔を見合わせて、それから、利吉は乱太郎を布団に寝かせた。大分無理をさせてしまったので、乱太郎はぐったりしている。 「大丈夫?お粥炊けるまで少し眠っておいで。私は父上の所に挨拶に行って来るから」 そう言うと乱太郎は頷いて目を閉じる。その額に優しく口付けを落として、利吉は部屋を出た。 職員寮の父の部屋に行く。小さく声を掛けて中に入ると、渋い顔をした伝蔵と、苦笑している半助が居た。 「夜分遅くに済みません」 「全くだ。このばか者が!」 「乱太郎はまだ子供なんだから、もっと早く返してくれないと」 「申し訳ありません」 半助が苦笑を笑顔に変えて言い、利吉がもう一度、詫びを重ねる。 「土井先生からお前が来ていると聞いたから、探しには行かなかったが」 「もう少し慎んでくれると有り難いんだけどね」 伝増の言葉を継いで、言い難そうに半助が言う。 「はぁ。でも、今日はどのクラスも裏山は使わない筈ですが」 「授業で使わなくたって、裏山は誰でも通るんだよ」 言われて見れば、そうである。と、言う事は、自分達が何処で何をしていたのか、二人は知っているのだ。否、二人だけではなく、学園の何人かも。利吉は赤くなった。 「で、どうなのよ」 「は?」 「はじゃないよ。何か言う事が有るから、こんな夜中に来たんだろう」 「あ…」 聞かれて利吉は、こんな時間にも関わらず、伝蔵を訪ねた理由を思い出した。途端に顔が弛んでしまう。 「そうなんです、父上。乱太郎が良いって、言ってくれたんですよ!」 「ああ、そう」 利吉の言葉に、伝蔵がやれやれと息を吐く。長かった。本っ当―に長かった。梅の季節だったのが、もう桜の季節である。その間、ずっともたもたと悩んでいたのだ、この息子は。 「それで?」 「花が咲いたら祝言を上げたいのです」 「は?」 今度は伝蔵がぽかんと聞き返した。今、花が咲いたらと聞こえた様な気がしたのだが…。 「だから、桜が咲いたら祝言を上げたいんです。満開の桜の下で。乱太郎、綺麗ですよ」 乱太郎の赤い髪に、真白の被衣と舞い散る薄紅の花片はさぞかし映えるだろう。考えただけでもゾクゾクしてしまう。うっとりと、鼻の下を伸ばして夢想する息子の頭を殴りつけ、伝蔵は喚いた。 「急過ぎだっ、馬鹿者ッ!」 「父上っ!」 「相手のご両親へのご挨拶とか、結納とか、招待客への連絡とかどうする積もりなんだよ。乱太郎が良いって言ったからって、直ぐにと言う訳には行かんのだぞ!」 それでも。 「土井先生、暦を取って下さいっ。まったく…」 「あの、父上?」 「お前は乱太郎に粥でも食べさせておれ。ええっと、土井先生、この日は…」 暦とにらめっこをしながら、伝蔵は半助を見る。そうして、もう利吉の方は見向きもしなかった。利吉は溜め息を吐いて、それでも、失礼します、声を掛けて部屋を出る。その背中に、伝蔵の声が掛かった。 「今日はもう大人しく寝なさいよ」 伝蔵の言葉に利吉は赤くなり、粥を炊く為に台所へと向かった。 そして、桜が満開になった或る朝、利吉は乱太郎を迎えに行った。乱太郎は、利吉の贈った白綾の衣に被衣をかぶせて、利吉が来るのを待っている。 結局、なんのかんのと言いつつも伝蔵が祝言を上げる段取りをつけてくれたのだ。あの翌々日には、両親と一緒に乱太郎の家に挨拶に行き、何とか口説き落として三日後には無理矢理結納を交わしてしまった。その頃にはちらほらと桜が咲き始めてしまっていた。祝言を上げる為に目星を付けて置いた桜木の有る場所は、決して開けた場所ではなかったので、祝言は内々でこじんまりと上げる事にした。もっとも、客の殆んどは学園の関係者だったから、当日には呼ばれなくても押しかけてくる連中が山のように居る事は確かだった。利吉としては、乱太郎がもう自分のものだと見せつけ、牽制するには丁度良い機会だと思っていたのだ。乱太郎は気付いては居ないのだが、乱太郎の気を引こうとしている輩は山盛りなのだから。 「乱太郎」 呼ばれて顔を上げた乱太郎は、恥ずかしそうに直ぐに顔を伏せてしまった。白綾の布に、乱太郎の赤い髪は良く映っていて、白い肌を桜色に上気させている様子はとてもきれいだった。利吉は側に行き、そっと被衣を上げさせてその顔を上向かせた。小さな口唇に薄く紅が差してあり、艶かしい。 「うん。とてもきれいだよ」 利吉の言葉に、乱太郎はますます赤くなり俯こうとする。けれど、利吉の手が顎を持ち上げているのでそれが出来ず、眸を閉じた。それが口付けを待つ仕種に見えて、利吉はどきりとした。それを隠す様に、そっと抱き締める。 「乱太郎、好きだよ。祝言を上げたら、私だけのものになるんだね」 利吉の胸に身体を預けて、乱太郎が頷く。そうして、此処二三日、胸に痞えていた事を口にした。 「本当は、乱太郎を幸せに為る自信は無いんだよ。私は、乱太郎が居るだけでとても幸せなのだけど。乱太郎に悲しい思いや寂しい思いをさせないと、約束は出来ない。ごめんよ」 「ううん。私も、利吉さんが居るだけで幸せだから。利吉さんが私の所へ帰ってきてくれるだけで、幸せだから」 「乱太郎…」 いじらしい言葉に胸が一杯になり、利吉は小さな身体をきつく抱き締め、口付けていた。そして、優しい口付けの後に、そっと囁いた。 「一緒に、幸せになろうね」 「はい」 もう一度優しく口唇を重ねながら、遠く、自分たちを呼ぶ声を聞いていた。 花片の降りしきる、暖かな春の日の静かな朝の事だった。 終 |
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TEXT:利太郎様 【犬】 まずUPが。遅れちゃってほんとにごめんなさい。 ようやっとUPです。 これ受け取ったとき、私、情けなくも他愛ないことで凹んでいる時だったのに、 あっという間に、しょんぼりにむくむく空気入れてもらいました。 好きな作品があるって、しみじみ自覚出来てすごくうきうきでしたよ。 しかもこんなに豪華な作品で再確認させて貰って うきうきどころの話じゃないんですが。 幸せでした!! 利吉さん、頭抱えたり、うろうろと悩んだりしてるんだけど、 オットコマエなのがやっぱ格好いいです。 利太郎様、 元気と幸せと、愛、愛を!ありがとうございましたv はー… もう〜…山田先生もステキ〜〜vvv(←そこか) ←玉 |