☆ むつごい恋の物語 ☆ | |
「お頭、お茶が入りました」 網問が明るい声で言って湯飲みを差し出した。 「お頭は止めろーっ。若社長と呼べと何時も言ってるだろうッ!」 第三協栄丸はそう怒鳴ってから、差し出された湯飲みを受け取り、お茶を飲んだ。 「ん、美味いな」 「でしょう。小松田さんに教わったんですよ。あの人、お茶を淹れるのだけは上手いから」 そう、疾風が言うと、第三協栄丸は勢い良くお茶を噴出した。 「わっ、汚いですよ、お頭っ」 もろにお茶を被ってしまった蜉蝣が文句を言いつつ手拭を出して拭き始める。 「若社長だっつってんだろー」 もう一度喚いてから、第三協栄丸は溜め息を付いた。 此処は兵庫水産の、海産物加工工場の休憩室である。何故本社ビルから離れたこんな人気のない所に居るのかといえば、仕事が終わった後に仲間と酒を飲むのに、加工品の撥ね物が有って丁度良いからである。第三協栄丸が、まだ見習いとして会社に入ったばかりの頃の、金も実力も無い頃の習慣の名残だった。 集まっているのは将来第三協栄丸のサポートに付くべく各部署で頑張っている手下の者たちだ。がたがた言う古いダイニングテーブルの周りに、パイプ椅子を引っ張ってきて、てんでに好きな場所に陣取っている。 「おか…いや、若社長、もう少し小松田さんに優しくして上げられないんですか?」 そう言ったのは、義丸だ。鬼蜘蛛丸とは同僚で、時々、第三協栄丸のお供をする事があるので、彼の小松田に対する微妙に素っ気無い態度を知っている。 「優しくしてるよ」 困ったように、第三協栄丸が言う。 「確か、申し込んだのはおか…、否、若社長のほうでしたよね」 「そうだよ。二年前、オレが海で溺れて居る所を助けてくれたんだ」 「この間も助けて貰いましたよね」 「うん」 この間は、海釣りに誘ったのだが、釣り船から落ちてしまい、また助けて貰ったのだ。その様子は、手伝いに行った舳丸も重も航も、皆知っている。 「好きじゃないんですか?」 「好きだよ」 そう聞けば、当たり前のように言う。 「だったらどうして…?」 そう聞いたのはやっぱり、若い網問。その口を皆で寄ってたかって塞いだけれど、もう遅い。 「お頭、飲みましょう飲みましょう」 疾風が慌てて言い、義丸が冷や酒を注いだ湯のみを回す。パートのおばちゃんたちのおやつにも成っている撥ね物の剣先するめやら裂きイカがテーブルに並べられて、とても次期社長の飲み会とは思えない酒宴が始まった。 いい加減酒も回った頃、ぼそりと第三協栄丸が言った。 「あいつが好きなのは俺じゃないんだ」 「………」 聞いていたのは疾風と義丸。他の面々はすでにへべれけで、大声で笑ったり喋ったりしている。 「あいつが本当に好きなのは兄貴だけだからな。兄貴が俺の所へ行けって言ったから、俺のことが好きだなんて言うんだ」 溜め息混じりに言って、湯飲みの酒をぐいっと飲み干す。疾風が代わりを注ぎ、勧めた。小松田の実家は、こじんまりとしているが老舗の扇子屋である。日舞や古典芸能の世界と深い繋がりのある名家で、切れ者の兄は、端が出来損ないと言う程におっとりと素直な弟を溺愛している事でも、有名だった。いずれは取引先のお嬢さんと結婚させて、自分の手元に置いておくのだろうというのがもっぱらの噂で、だから彼が大川グループの本社に勤めて一人暮らしを始めた時には、周りは驚いた。さらに、第三協栄丸が申し込んだ婚約をあっさりと受けた時には、小松田屋は多額の負債を抱えている為の政略結婚だと言う噂が立った程だった。本当は、そんな深い事なんて何もない。確かに、財力はあるに越したことは無い。だが、ああいう弟の事だから、望まれた所に遣る方が幸せになるだろうと思っただけの事なのだ。実際、第三協栄丸は小松田の実家のことを知らなかった。普通の家庭だと思って、菓子折りを持って気軽に挨拶に行って腰を抜かしかけたのだから。 ただ、その時の事は、忘れられない。両親よりも兄の方が、店のことも家の事も仕切っていて、彼がどれ程この弟を溺愛しているかを見せ付けられた。兄として以上の事をするわけではないのに、第三協栄丸は、其処に自分の入り込めない、酷く濃密な甘い空気を感じたのだ。そして、小松田はそのことに何の疑問も抱いていない。ある意味で、自分の思いは決して小松田に届く事はないのだと、思い知らされた瞬間だった。 「確かに、好きなんだろうけど、それはオレの欲しい好きじゃない」 手に入れた瞬間に失恋して、それからまた、恋が始まっている。どうしようもない堂々巡りだ。そう呟いた第三協栄丸の頭ががくりと落ち、いびきが聞こえ始めた。 「大丈夫ですよ、お頭」 疾風がそう言い、義丸が頷いた。 「何時か決っと、気が付きますよ。お頭も、小松田さんもね」 そう言って、眠った手から湯飲みを取り上げる。 「おい、お前たち帰るぞ」 「うぉーい」 疾風の言葉に酔っ払い達はよろよろと立ち上がった。 「義丸、片付け頼む。俺はお頭を届けるから」 「へいっ」 答えて、皆を送り出し、一人後片付けをしながら、義丸は首を傾げて呟いた。 「変だよなぁ。何処から見たって両思いなんだけど」 その頃、居酒屋の隅で小松田が泣いていた。 「決っと第三協栄丸さんはボクが好きじゃないんだぁ…ぐすぐす」 「そんなこと有りませんよ。お頭はアレでなかなか照れ屋さんだから、つい素っ気無くしちゃうだけですって」 付き合っているのは鬼蜘蛛丸だった。一人で営業に来たこんな日に限って、大木も野村の捕まらない。 「そりゃぁ、最初はそう思ってたけど…、ひっく、乱太郎君達を見てたらやっぱり違うんじゃないかって…うわーんっ」 何時もは激しい笑い上戸な分、泣きっぷりも激しくて、鬼蜘蛛丸はひたすら困っていた。 「そろそろ終電なくなっちゃいますから、帰りましょう。ね?」 「嫌だっ、もう一軒行くんですぅっ!ふぇぇぇぇっ」 きっぱりとそう言って、また泣き出してしまう。小松田の泣き声に、周りの視線がいっせいに集まる。泣きたいのはこっちですよ、と心の中で呟いて鬼蜘蛛丸はすっかり冷めてしまった燗酒を飲み干した。 |
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TEXT:利太郎様 【利】 色々考えて、今日の忍たま見て決定!小松田君、幸せになってねvv(でも本意は別の所) ↑5/26のbbsの書込より。ちなみに「小松田の素質の段」でした 【犬】 …こういうことだったんすねえ。 そんなわけで! 利太様から今回は海賊便ですv(件名はむつごい便でした。) ワーイ!! 本放映の方でも熱烈アタックぶりが気になってた第三協栄丸×小松田君です。 11期に関してはもう公式カップルの感すらありますよね…この2人。 (イヤ、11期は他にもなんか変なカップリング大放出みたいなとこがあるみたいですけど。) さあ、むつごい恋の行方や如何に!? …ところで私鬼蜘蛛丸が好きなんですが(誰も聞いてねえよ) そんな彼が今回やっかいな目にあってんのがすんごいうれしかったりしました。ウフフ。 利太郎様、 かわいい恋のお話をどうもありがとうございましたv 玉← ★ →港 |