花見
 


   ほろほろと薄紅色の花弁が落ちてくる。何処かで鳥が鳴いているだけで、風の吹く音すらしない。静かな世界には二人しか居なかった。

   此処は利吉が連れて来てくれた、深い山の中の大きな山桜の木の下だった。
桜がきれいな場所を見つけたから一緒に行かないかと、利吉が今朝早くに迎えに来たのだ。
休みの日ではなかったので授業があるから・・、と躊躇うと、授業は毎日有るけど桜は二・三日しかないのだよ、と悪戯っぽく笑う。
そして、お弁当もおやつも用意してきたんだよ、と手を差し伸べられて。乱太郎は迷わずにその手に掴まっていたのだ。


   遊び遊び歩いて来たので、此処に着いたのは昼近くだった。
桜の下にお弁当の重箱を広げる。お結びが沢山と、玉子焼き、豆の甘煮、早蕨と油揚げの煮物、里芋の煮転がし、蒟蒻の炒りつけたもの、漬物などがぎっしりと詰められているそれをみて、乱太郎は目を輝かせた。
いただきまーすと元気な声をあげて、さっそくお結びを片手に、玉子焼きに箸を伸ばす乱太郎を見ながら、利吉は杯に酒を注いだ。どちらかと言うと、食べるよりも飲むほうが好きなのだ。
木に寄り掛かり、行儀悪く片膝を立てて座って酒を舐めている利吉は、
桜花よりも乱太郎を見ている方が多い。

「そういえば、桜の下には死体が埋まってるって、本当ですか」
不意に、乱太郎が聞いた。お弁当のお結びを静かに食べていると思ったら、これである。
「物騒だね。どこでそんな話を聞いたんだい」
 乱太郎の言葉にくすりと笑って、利吉は杯の酒を口に含んだ。
「誰って、昨日は組のみんなと喋ってたら誰かが言ってたから・・」
 そう言った声は何時ものあどけなさが無く、静かだ。利吉は杯を置いて真面目な顔で乱太郎を見た。
「そうだね。桜の花は薄紅いし、蕾はもっと赤いしね。樹皮からは赤い染料もとる。人の血を吸っていても可笑しくはないね」
 それを聞いて乱太郎の細い眉が寄せられる。不安を煽られて怒ったのか、怖くなったのか。そんな表情も可愛らしくて堪らない。利吉は表情を和らげて乱太郎を引き寄せた。温かく、柔らかな体は抗わずに膝の上に抱かれた。
「ふふっ、本気にしたのかい?」
「え、嘘なんですか?」
耳元で囁くと、乱太郎が驚いて小さな声を上げた。
「本当だったら大変じゃないか。一体、桜の木が何本有ると思っているんだい?戦でも有るならともかく、そんなに死体があるわけないし、木の根方の地面はこんなに硬い。これじゃ埋めるのも一苦労だ」
 そう言ってくすくすと笑うと
「なぁんだ」
と、乱太郎の体から力が抜けた。その事に、本当に怖がっていたのだと気付き、利吉は可笑しくなった。同時に愛しさも込み上げて来て。
「もう、利吉さんの意地悪」
「おや、せっかく桜を見に連れて来たのに、無粋な事を言ったのは乱太郎だろう?」
 余裕のある、優しい眸で見つめられて赤くなる。利吉の黒い眸が大きくなり、長い髪がざらりと落ちてきて。
口付けは一瞬の事で、躊躇う暇すらない。赤くなって利吉を見上げると、先刻と変わらない優しい笑顔があって、乱太郎はますます赤くなった。
「さぁ、酒を注いでくれないかな。お花見をやり直す時間は充分にあるからね」
 杯を取った利吉に頷いて、乱太郎は徳利を持ち上げた。溢さないようにそっと酒を注いだその杯に、ほろりと花弁が舞い落ちた。
「桜の花酒だね。乱太郎が先におあがり」
 促されるままに、乱太郎は小さな唇を杯に付けた。微かに、酒の香に花の香りが混じる。甘くて辛い酒が咽喉の奥へと落ちて行き、ゆっくりと酔いが上ってくる。乱太郎は杯を返して、広い胸に体を預けた。利吉は小さく笑って、桜の香りよりも、お酒よりも、恋に酔っていることに気付かない小さな恋人の額にもう一つ、口付けを落とした。






利太郎様より賜りました。

元は掲示板に書き込んで(!)下さったものを、
きちんと仕上げなおして送ってくださいました。
元の文はまだしばらくは掲示板に残ってますので、
興味のある方は読みっこしてみるのも
楽しいんじゃないでしょうか!

はー…ろまんちっくですよね…。

さらに書き足された冒頭部。
くいしんぼの私にはかなりうたまらないモノがあります!

利太郎様。思いがけないうれしい贈り物を
ほんとにどうもありがとうございました


→忍玉info