☆エビフライ記念日☆ | |
その日の朝。睛が覚めた乱太郎は、カレンダーを見てにっこりとした。カレンダーにはピンクのペンで花丸が付けられている。色々と手配をして、準備は万端である。 そうして、朝、何時ものように出勤前の利吉に抱き上げられ、行ってらっしゃいのキスをした時に言ったのだ。 「あのね、利吉さん」 「うん、なんだい」 「今日はエビフライだから、早く帰ってきてねvv」 「…、分かったよ」 乱太郎の言葉に、利吉はある事を思い出して、優しい笑みを浮かべて頷いた。 が、仕事は忙しく、利吉は珍しい乱太郎の要求を叶えるべく夢中で仕事をした。幸い、先に終わらせた仕事の事後処理が多く、手間は掛かるがややこしい事は無い。社員食堂で食後のコーヒーを飲むのを我慢して、机に戻る。その甲斐あって、5時にはなんとか切りの良い所まで終わし、タイムカードを押すことに成功した。 だが、受難はこれからだった。何時もは居ない人物ばかりが、寄って来たのだ。まずは大木である。あんな性格で何故勤まるのか不思議なのだが、大木は営業で、しかも成績は常に上位である。外回りが中心で殆んど直帰の大木が、この時間に会社に居ること自体珍しい。 「おう、利吉、珍しく早いじゃないか」 「ええ、まぁ」 なんだか嫌な予感がする。利吉の予感というのは余り外れない、自身の信用の行くものだったが、ことに嫌なことに関しては絶対の外れ無しなのだ。 「丁度良い。お前の家に寄せろ。この面子では飲み屋には断られるのだ」 大木の楽しげな声に、彼の後ろを見て、利吉はがっかりする。確かに、この面子では一度行った飲み屋に二度は行けないだろう。面子は、大木とは同期だという企画部長の野村、取引先の水産会社次期社長の第三共栄丸、その部下で営業の鬼蜘蛛丸、そして、自社の使えない新人事務員小松田、である。利吉はうっかり小松田に伝票を渡したために、出張先での経費が落ちなかった事が三回、取引会社への入金ミスが一回という華々しい失態があったのだから、大声で使えないと言いたかった。 「この間、良い店を見つけたと言ってたじゃないですか。刺身が美味しいとか言う…」 「ああ、あの店な。魚は美味かったんだが、どうも変だと思ってたら隣の魚屋から出前してもらってたんだ。可笑しいと思ったんだよ。ラーメン屋で刺身が美味いって言うのは」 そう言ったのは第三共栄丸である。 「じゃあ、何時だかの鮨屋さんは?」 「親父が煙草を吸っていた。鮨屋の癖に怪しからん」 そう言ったのは野村である。仕事も出来るし、良い人なのだが神経質な所がある。 「じゃあ、まなみちゃんやあけみちゃんの居るところ」 「あそこはぁ、経理事務長の吉野さんが伝票を絶対経費で落としてくれないから、駄目なんですよぅ。変ですよねぇ、ビール一本一万円って、大木さん普通だって言ってたんですけど」 首を傾げて言ったのは小松田である。それは飲み屋ではなくぼったくりだ。利吉はがっくりと肩を落とした。が、此処で負けてはいけない。 「お断りします」 「まぁ、良いから良いから」 「よくないです!」 大体、結婚して間が無いというのに、殆んどが午前様ぎりぎりで、定時で帰ったのは数える程しかない。ろくに話も出来ずに寝顔ばかり見ている生活だというのに、可愛い乱太郎は文句一つ言わないのだ。その乱太郎が、あの日の事を覚えていて『今日は早く帰ってきて』と言ったのだ。遅く帰るわけには行かないし、ましてやこんなに余計なものを連れて行く訳には行かないのだ。 「大体、お前新婚なんじゃろ?新婚というのは、一度は客を招いてロールキャベツを振舞うものだぞ」 「そうだ!いきなり客を連れて帰っても、ニコニコと接客をするのが新妻の鏡だ!」 大木ばかりか、第三共栄丸までが口を揃えて言う。 「何なんですか、それは」 「すまんな、山田君」 野村が申し訳なさそうに耳打ちする。 「大木の奴、第三共栄丸との契約が掛かってるらしくてな。止めろと言ったんだが…」 つまり、大木の営業成績の為に自分は私生活を台無しにされるのだろうか。更に追い討ちが掛かった。 「だが、企画部との合同の仕事でな、大きい契約なんだ。済まん」 野村の企画なら、それは社にとっても大きいだろう。だが、自分に何の関係が有るというのだろう?システム開発部三課の自分に? 「と、言うわけでな」 「嫌です!何と言われてもお断りします!今日はエビフライの日なんですッ!」 そう、口を滑らせた瞬間、それまで黙っていた鬼蜘蛛丸がぽんと手を叩いて言った。 「あ、そういえば乱太郎君から注文が有りましたよ!活車海老特大サイズ2ダースとお刺身用ぼたんエビ二キロ。サービスでお刺身用ホタテ貝柱1パック付けといたんですけど」 一瞬の沈黙が流れ、そして大木がにこやかに言った。 「決まりだな。利吉、ご馳走になるぞ!」 余計な事を言った鬼蜘蛛丸を睨み付けながら、利吉はうっかり滑ってしまった自分の口を呪った。 そういう訳で、帰宅前に連絡を入れる事も許されず利吉はぐったりと家路を辿った。後ろからはそんな利吉の様子に構わず賑やかな一行がぞろぞろと着いて来る。悔しいやら情けないやら腹立たしいやらで、どうしていいのか分からない。そのうえ、自分よりも乱太郎が不憫で仕方が無かった。おそらくは自分以上に楽しみにしているに違いない『エビフライの日』が、こんな事に成るなんて、一体誰が想像すると言うのだろう。 無理やり全員乗ったためにぎちぎちになったエレベーターの中の、想像を絶するむさ苦しさに思わず涙しながら、利吉ははたと、思い出した。今日が『エビフライの日』だとすると、もしかするかもしれない。滅多に外すことのない自分の予感を呪いつつ、利吉は部屋のドアの前で、一同に年を押した。 「良いですか?私がドアを開けるまで待っていて下さい。絶対ですよ?」 「おお、構わんさ」 妙ににこにこと大木が答えたのが気になったが、利吉は構わずにチャイムを鳴らし、それから鍵を開け、細くあけたドアから中へとすばやく入り込んだ。後ろ手にドアを閉めると、奥から可愛い足音が聞こえた。 「お帰りなさーい?」 「乱太郎、来ちゃ駄目だ!」 「え、どうして?」 握った菜ばしも可愛らしく奥から駆けてきた乱太郎は、愛用のくまちゃんスリッパを履き、ぶかぶかの利吉のワイシャツを着ただけである。慌てて利吉がスーツのジャケットを脱いで着せようとした時にはすでに遅く、閉まっていたドアが大きく開いて全員が雪崩れ込むようにして玄関に入ってきた。 一瞬の沈黙は、またしても大木の言葉に破られた。 「おおっ、絶景かな。利吉、こりゃエビフライよりもご馳走じゃないか」 その声に乱太郎は、一瞬青ざめ、次いで赤くなった。そして、利吉の着せ掛けてくれたジャケットにしっかり包まった乱太郎の睛にじわりと涙が溢れて来、大きな泣き声が響いた。 「うわーーーーんっ」 「ごめん、ごめんよ」 これもまた泣きそうな顔で利吉が乱太郎を抱き締める。乱太郎はその腕を振り解いて、奥へと駆け込んだ。 「利吉さんのばかー」 「ああっ!」 普段の乱太郎からは考えられないような捨て台詞である。利吉はキッと一同を睨み付け、無言で乱太郎を追いかけて奥へと行った。 上がる訳にも行かず、かと言って帰る気も無く、一同は玄関に立ち尽くしていた。 乱太郎は寝室に飛び込むと、ベッドに潜り込んでしくしくと泣いていた。今日は『エビフライ記念日』なのに。一生懸命、準備したのに。せっかく、早く帰ってきてくれたのに。それなのに、あんなに人を連れて来るなんて、利吉は記念日を忘れてしまったのかも知れない。そう思うとますます悲しくて。 「乱太郎、入るよ」 ノックの後に、声が掛けられる。 「いやっ!来ないで下さい!」 「ごめんよ、私が悪かった」 乱太郎の拒絶に躊躇いながら、利吉は側に来て小さく震えている布団の膨らみをそっと撫でた。 「仕事を終わらせて帰ろうとしたら、捉まってしまってね。嫌だと言ったんだがどうしても来るといって聞かなくて。電話したかったけど、それもダメだって言われて。本当にごめん。一生懸命用意してくれたのに」 利吉の言葉に、乱太郎は布団からちょっぴり顔を出した。 「忘れてたんじゃなかったの?」 「『エビフライ記念日』を忘れる訳、ないじゃないか」 そう言って抱き締める。乱太郎と出会ってから、忘れた思い出なんて一つもないのだ。 「あれは、乱太郎が初めて私の家に来た日だったね。まだ、一人暮らしの小さなマンションに居た頃で、乱太郎と付き合い始めて3カ月と11日目だった」 懐かしそうに、利吉が言う。遊園地でデートする筈だったのに、運悪く大雨になってしまった。遊園地は電車で一時間ほどの場所だったが、待ち合わせの駅ですでにずぶ濡れで、乱太郎は寒さに震えていた。付き合い始めて間もなく、こんなことを言うのは躊躇われたが、乱太郎に風邪をひかれてはと思い、思い切って言ったのだ。 「家においで。濡れたまんまじゃ風邪を引いてしまうよ」 利吉の言葉に乱太郎は赤くなって少し考えていたが、やがて小さく頷いてくれた。駅から五分の利吉のマンションまでは、開き直って雨の中の散歩を洒落込んだ。 利吉のマンションでお風呂を借りて暖まり、貸してくれた服に着替えた。とは言っても、利吉の服はどれも大きくて、借りたワイシャツは幾つも袖を折ったし、裾は膝近くまで有ったけれど。ホットミルクを飲みながら、交代でお風呂に入った利吉を待つ間、乱太郎はドキドキしっぱなしだった。初めて来た彼の部屋でそれだけでもドキドキなのに、お風呂や着替えを借りてしまって、こうして利吉が風呂から上がってくるのを待っているなんて。窓の外の雨は、心なしか先刻より酷くなっている気がする。どうしよう、まだ早いよね、なんて事を考えて居た時に、利吉が風呂から上がってきた。 「寒くない?ミルク、もう少し飲む?」 そう聞いた利吉は、濡れた髪を拭いていて。いつも上げている所しか見たことが無かったので、それは酷く乱太郎をドキドキさせた。利吉が近くまで来て、さりげなく肩を抱く。優しく口付けられて、胸がきゅん、と痛くなる。三度目のキスは少しミントの香りがした。 「あの、私…」 何を言おうとしたのかは忘れてしまったけれど、そう言い掛けた時、不意にお腹がキュウッとなってしまった。いい雰囲気が台無しだった。赤くなった乱太郎に、利吉は優しく笑って、乱太郎を抱き上げた。 「OK.丁度いいものがあるんだ。キッチンへ行こう」 そういって見せてくれたのは、発泡スチロールの箱の中に入った、大きな活車海老だった。 「わぁ、大きい!それに活きてるんですね」 「エビは平気?アレルギーとか無い?」 「ううん、大好きです」 「良かった。取引先の方が下さってね。どうしようか。刺身にする?鬼殻焼きか、それとも天婦羅がいいかな」 「私、エビフライが良いです」 「エビフライか。美味しそうだね。じゃあ、それにしよう」 そう言って、二人でエビフライを作ったのだ。添え物の野菜とポテトサラダとタルタルソースも作り、大根のお味噌汁と炊き立てのご飯も付いた。頭を付けたままのエビフライはびっくりするほど美味しくて、初めてエビの味噌というのを食べた日だった。利吉には内緒だったけれど、冷凍で無いエビフライを食べたのは、初めてだったのだ。 そんな大事な思い出のある『エビフライ記念日』をどうして忘れる事が出来るのだろうか。 「御免なさい。私利吉さんが忘れてて、だからあんなにお客さんを連れてきたのかと思って…」 「良いんだよ、断りきれなかった私が悪いんだから。本当にごめんよ」 そう言って抱き締めると、乱太郎もしがみ付いて来た。 「ううん、私の方こそ御免なさい」 そうして、どちらからとも無く口唇を触れ合わせて。優しい口付けを交わして、ふと我に返ると、なにやら香ばしい匂いがして、キッチンの方が騒がしい。乱太郎は急いで服を着替えると、利吉と一緒にキッチンへと行った。 リビングでは小松田がテレビを見ながら、絹さやの筋を取っていた。そしてキッチンでは漢四人が大騒ぎをしながら料理を作っていた。 「おお、利吉、乱太郎の機嫌は直った様だの」 「お帰りになったんじゃなかったんですか」 大木の言葉に、利吉は呆れ、脱力した。 「此処で飲むと言っただろう。まぁ、料理はわしらが作るから心配ないぞ」 確かにそれは心配ないだろう。何故か全員、料理だけは達者なのだから。だが、問題は其処から先である。飲み屋が嫌がる位、飲むのだ。この面子は。 利吉の心配を他所に、料理はどんどん出来上がり、テーブルの上に並んでゆく。ぼたんエビとホタテの刺身、独活と若布の酢の物、トマトとモッツァレラチーズのサラダ、千切りの山芋にとんぶりとかつをぶしを掛けた物、そしてメインの尾頭付きエビフライが沢山。 他にもなんだか出来ていて、冷蔵庫の食材はありったけ使われたようである。そして、酒も然りだった。父が最近、酒に凝り始めたので色々と銘酒や生酒を送ってくるのだ。此処のところ忙しくて飲めず、溜まっていたそれが端から引っ張り出されてしまっている。はっきり言って、安焼酎でも粕取り酒でも飲んでしまう連中には勿体無さ過ぎの酒である。 「随分いいもの置いとるのぉ」 と、ご機嫌なのは大木である。そうして、作るだけ作ると、さっさと飲み始めてしまった。もちろん、この日のために特別に用意されたエビは絶品で、大好評だった。喰い散らかされていく大事なエビを見て、乱太郎の睛に、また涙が滲んでくる。利吉はどうしてやることも出来ずに、そっとその肩を抱いた。今直ぐ、ダイニングキッチンの家具ごと、こいつらを外に捨ててしまいたい、と利吉は心底思ったが、だが拳を握る事しか出来なかった。 小松田だけはマイペースに、筋を取った絹さやで味噌汁を作り、ご飯を食べ始めた。曰く。 「僕、ご飯食べてからじゃないと飲めないんです」 中でももっとも常識人の野村が、乱太郎の為に作っておいてくれたお膳を乱太郎の勉強部屋に運びながら、利吉はもう一度、言った。 「本当にごめんよ」 「大木先生じゃ、仕方ないです」 乱太郎はにっこりと笑ってそう言い、そして溜め息を吐く。利吉は、もう二度と、決して彼らを家には入れるまいと、心に誓うのだった。 そうして、恐ろしい宴会は夜更けまで続き、翌朝、始発で彼らが帰った後には大量の洗い物が残されていた。料理と酒はきれいに片付けられていて、冷蔵庫も酒の棚も空っぽだった。乱太郎は機嫌が悪く、朝になっても起きて来ない。利吉は改めて、もう、二度と彼らを家には入れるまいと心に固く誓い、出勤までの時間を後片付けに費やした。 後日、第三共栄丸からお詫びと称して、活車海老特大サイズ3ダースとお刺身用ぼたんエビ二キロ、お刺身用ホタテ貝柱1パックとたらば蟹一杯が届くまで、乱太郎の機嫌は直らなかったらしい。 終 |
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TXIT : 利太郎 様 vv あ〜ん!!可愛いですよーーー!!!!(涙声) どうします?どうしますかみなさん? 撫でたい。 私もふるふる震えるお布団の小さなふくらみを優しくなでなでしたいです…。 乱ちゃんにバカーって言われたーいvvvv (きっと言ってくれるよ!冷ややかにネ!:利太様。すみません) それと! むつごい集団もうもうもうダイスキー!vvv こんな人たち町を歩いているだけで伝説になりますよ! 乱ちゃんと利吉の危機は今始またばかりとも言えそうですが。 だって、奴らもう見ちゃったし。 多分一日のなかで一番可愛い乱ちゃんをね! (↑リッキーをお迎えするときの乱ちゃん。しかもぶかぶかワイシャツオプションで!) 頑張れリッキー。奴らは目的を遂げるまで絶対あきらめないぞ! 楽しすぎてイキオイで作業したらなんかふざけた背景つけちゃってすみません。 尾頭付きエビフライで描きたかったですが脳内過去ログでは資料が見つかりませんでした★(哀) とりあえず次の休みには「市内で一番大きいエビフライ」の看板のお店に行ってまいります。 →食べてきました(笑) 利太郎様。どうもご馳走様でしたー!!!vvv →玉top |