むつごい風邪っぴき
げふげふと咳き込んで、第三協栄丸は先刻から枕元に座っている小松田を見た。
「せっかくの休みなんだ。遊びに行ってきたらどうだ」
「一人じゃ詰まらないですよ」
ふぅっと息を付いて、小松田が言った。今日は釣りに行く約束だった。寒くなると白身の魚の脂が乗って美味しいので、船の上で釣りたての魚をお刺身や天婦羅にしたりして食べよう、と言っていたのだ。が、今朝早く、たくさんのお結びを作るべくお釜一杯に炊けたご飯を前にしたその時に、携帯にメールが入ったのだ。曰く、風邪を引いて熱が有るので今日の約束は許してくれ、と。
慌てて側近の鬼蜘蛛丸に電話をすると、彼もまた風邪を引いている。よくよく聞けば、今日乗るはずだった船の手入れをしていて、海に落ちたのだそうだ。普段ならどうって言う事は無いのだが、此処の所仕事が忙しくて寝不足だったのがいけなかったようで、風邪を引いてしまったという。小松田は溜め息を付いて、大量のご飯で塩お結びを作ると、それを持って家を出た。
第三協栄丸の部屋のチャイムを押して、暫らくすると扉が開いた。
「どうしたんだ、げふっ、今日は…」
驚いている第三協栄丸を部屋の中へと押し戻して、小松田は扉を閉めた。
「熱が有るんでしょう、寝てなくちゃだめじゃないですか」
「だが…」
言いかける第三協栄丸を布団の中に押し込みながら、小松田は少し寂しくなった。婚約者だというのに、この人は何時まで経っても自分に地を見せたり甘えたりをしないのだ。けれど努めて明るい顔をして、言った。
「ご飯、食べて無いんでしょう?僕が作りますから、協栄丸さんは寝てて下さい」
「…ご飯って、作れるのか」
「勿論ですよぅ。任せて下さい」
にっこりと笑って、それから持参のヒエピタシートを第三協栄丸の額に、ぺたりと張った。
「さ、寝てて下さいね」
半端に高い熱の所為でくらくらとしていた第三協栄丸は、小松田のあどけない笑顔に一つ頷いて、目を閉じた。
自分の家に小松田が居ると言う事が、何となく気詰まりだった。よくぶつかったり転んだり、物を壊したりする彼を気遣わなくてはならないのに、自分は具合が悪くてそれもままならない。普段は苦にならないそれを苦痛に思ってしまう自分が、嫌なのだ。キッチンの方から小さな音が聞こえるたびに、第三協栄丸の気は重くなって行った。
何度かは来たことが有るけれど、長居をした事の無い第三協栄丸の部屋である。あまり物の無い部屋は広い分だけ寂しくて、それがまた、小松田の寂しさに拍車をかけた。
「考えない考えない。さ、お粥作ろうっと」
そう言って、キッチンに入った。きれいなシステムキッチンも、あまり使った様子は無く片付いている。あちこちの扉や引き出しを開けて探検をすると、意外にも道具は揃っていた。そう言えば、配下の者達を呼んで、ここでご飯を食べることも有るといっていたのを思い出して、いいなぁ、と呟く。自分はまだその恩恵に与った事が無いのだ。けれど、機械はこれから作ればいいのだと自分に言って、作業に掛かった。
手順は、土鍋を洗って水を入れる。沸いたら持参のお結びを入れる。ご飯がほぐれたら火を弱めて四十分間、焦げないように煮る。と、それだけである。お料理の本には載っていないけれど、兄が作ってくれたレシピ帳に書いてあったのだ。
冷蔵庫を開けて見ると、瓶詰めがいろいろ有った。粒海胆や佃煮海苔、塩辛などの自社製品ばかりで有る。そして、何故かカットワカメと濡れ甘納豆がチルド室に入っていた。首を傾げて冷蔵庫を閉め、調味料の棚から梅干と鰹節を見つけた。たっぷりの鰹節に醤油を混ぜて小鉢に入れ、種を取った梅干の果肉を叩いてこれも小鉢に入れた。お粥を掻き混ぜて焦げていないか確かめ、時計を見る。あと十分くらいだ。そう言えば、半熟になった卵の入っているお粥って好きだけど、あれはどうやって作るのだろうか。今度お兄ちゃんに聞いてみよう、と小松田は思った。マニュアルが無いとやっぱりダメなのだ。
「起きてください。お粥、出来ましたよ」
ほとほとと足元を軽く叩かれて、目を覚ました。目を開けると、小松田が顔を覗き込んでいる。その近さに、第三協栄丸の熱が少し、上がった。
「あれ、顔赤いですね。熱が上がったのかなぁ」
と額に伸ばされる手を慌てて払った。一瞬きょとんとする小松田に、第三協栄丸は急いで額を示した。
「だっ、大丈夫だ。ヒエピタが温まっただけだよ」
「じゃあ、後で取り替えましょう。起きられますか」
「うん」
身体を起こすと、半纏を着せ掛けてくれる。何時の間にか真っ白な割烹着を着けていて、それが新妻のように見えて、そう感じてしまった自分にものすごく恥ずかしくなった。小松田は部屋の隅にあった文机を引っ張ってきて、布団の上に乗せた。その間にした、がちゃん、バサバサ、ごんっという音は聞かなかった振りをした。風邪の熱よりそっちの方がよほど身体に悪いような気がする。やっと文机の上に、スプーンと小鉢、それから茶碗が並べられた。茶碗によそわれたお粥は艶があってとろりとしている。ちょっと煮たご飯、では無くちゃんとしたお粥だった事に、思わず声をあげた。
「凄いじゃないか、本当にお粥だ」
「えへへ、褒められちゃった」
と、小松田は赤くなって笑った。それから、叩いた梅干を乗せたお粥をスプーンで掬うと、ふぅふぅして冷ましてにっこりと笑った。
「じゃあ、はい。あーん」
「おっ、お粥くらい自分で食べられるぞっ」
第三協栄丸は真っ赤になって慌てて、小松田の手からお粥の茶碗を奪い取った。えぇーっと膨れる小松田に構わず、食べ始める。本当は嬉しいのだが、それよりも恥ずかしいが先に立ってしまうのだ。新婚さんじゃ有るまいし、と思って、ふと利吉の事が思い浮かんだ。彼等なら、こういう事は普通なんだろうなぁ、と思うとちょっとばかり羨ましい。と、小松田が恨めしげに言った。
「乱太郎君は病気の時はあーんして良いんだって言ってたのになぁ」
思わずお粥を噴き出しそうになった。考える事は皆同じなのだ。
「乱太郎君は小学生だろう」
「ううん、利吉さんにしてあげるんだって言ってましたよぉ」
と、ますます拗ねる。第三協栄丸は咳き込んで見せ、それから言った。
「あいつらはあいつらだ。わし達はこれで良いんだ」
「そうかなぁ」
しょんぼりと俯いている様子は可哀相だったけれど、今更あーんしてくれ、なんて恥ずかしくって口が裂けても言えない。代わりに、空の茶碗を差し出して言った。
「お代わりをくれないか。このお粥、すごく美味い」
途端にぱぁっと笑顔になって、いそいそと茶碗を受け取りお代わりをよそった。
「はい、どうぞ」
「うむ」
受け取って食べる様子を、にこにこと見詰められて恥ずかしくなる。
「おい、人が食べてる所をじろじろ見るもんじゃないぞ」
「うん。御免なさい」
そうは言っても小松田の視線が外れる事は無くって。黙ってお粥を食べながら、こういう気詰まりも、もしかしたら悪くないのかもしれない、と第三協栄丸は思った。
終
TXIT : 利太郎 様
むつごい便経由
むつごい恋の物語。第2段ようやっとUPです。
コーナー設置と同時進行でなどと思っていたら
既にOfflineでむつごい本が2冊出てしまいました…。
(「デイジーデイジー」「おやゆび姫」よろしくネ★(CM))
利太郎様。作業遅れてすみませんでした!やっとUPさせていただきました。
お陰様でコーナーも出来ましたよ(笑)
というわけで
乙女な小松田君と青年実業家な第三協栄丸さんのこそばい恋のお話でした。
ああんもう!こそばゆい!こそばゆいったら!!
小松田君相手だと流石の第3協栄丸さんも
ちゃんとした人になっちゃうとこがカワイーというか!(笑)
って単に風邪ひいてパワーダウンしてるせいなのでしょうか?
マニュアルあってもお粥がちゃんと出来たのは奇跡だと思うのですが、
奇跡が起きるからこそ愛なんでしょうね!!利太郎様!!
ところで第三協栄丸×小松田君ってどっか他でもやっておられるところって
ないのかしら。求ム情報。
アニメではホントに公認カップリングだと思うんですけどねえ。
利乱とおんなじくらいには。(ここの人たちは真剣(マジ)ですから!)
→港